SSブログ

4-5.老紳士 [峠◇第1部]

怜子たちの相談の後、ケンは、怜子を港まで送り、開店の準備のために、喫茶店の近くにあるスーパーへ、パンや野菜等を買いに寄った。昨夜の荒天で、買い物を控えていた主婦で、スーパーはいつもより混んでいた。
 駐車スペースを探して駐車場内を一回りしていると、玉林寺の住職を見かけた。おそらく、食事の材料でも買いに来たのであろう。
車を止め、店内に入ろうとしたところで、また、住職を見かけて、挨拶を仕掛けた時、店の奥から、老紳士と思しき人物が、住職を追いかけるように出てきた。
そして、「おい、順平じゃないか!」と呼んでいるようだった。
住職は振り返る事もなくスタスタと出て行き、愛用のスクーターに、乗り村のほうへ向かっていった。
その老紳士は「おかしいなあ、人違いか。」とつぶやきながら、店の中へ戻っていった。

ケンは買い物を済ませ、店に戻った。
怜子たちとの約束で、店の客から情報を集めろと言われたものの、それほどの客が来るわけもなく、常連も若い連中ばかりで、古い話を知っているはずもなかった。
どうしたものかとぼんやり窓の外を眺めていた。
カランカランとドアに吊り下げたカウベルが鳴って、一人の客が入ってきた。
常連ではない。常連なら、入るなり、「暇そうだなあ」と憎まれ口のひとつでも叩いてくる。

その客には見覚えがあった。さっき、スーパーで見かけた老紳士だった。
コーヒーとトーストの注文を訊き、手早くこしらえ始めた。
コーヒーを煎れる時も、トーストを焼く時も、ケンは、どう切り出したものか迷っていた。何だか変な状況を見て、どういうことかを尋ねるのもおかしいよなと思いつつ、それでも、怜子たちとの約束を思い出し切り出した。

「あのすみません。おかしなことをお尋ねするのですが・・」
ケンは自分が普段使わないような言葉を口にしているのが半ば不自然に思いながらも、老紳士の様子から失礼のないよう細心の注意を払いながら切り出した。
「先ほど、そこのスーパーにいらっしゃいましたよね。誰かを呼んでいらしたように見えたのですが・・」
老紳士は少し怪訝そうな顔をしながらも、
「これは、これは。恥ずかしいところをお見せしました。いや、実は私は中学生までこの町に住んでいたのですが、親の転勤で遠くへ引っ越しました。そのころ、仲の良かった同級生に良く似ていた人にあったものですから、つい、声をかけてしまった次第です。どうやら人違いのようで、無視されましたが・・」
その老紳士は、ばつが悪そうに頭をかきながら、丁寧に答えた。

「声をかけた方は、玉浦村のご住職ですよ。10年位前にどちらかからこられたようですね。」
「そうでしたか。やはり人違いですね。でも、奇遇です。その同級生、順平というんですが、彼も玉浦村でした。一度だけ遊びに行きましたが、大きなお宅で、可愛い妹さんがいらしたのを覚えています。」
「へー。そんな家があったんだ。」
「今はどうされているでしょうね。」
「今は、そんな家も人もいませんよ。」
「そうですか・・」
老紳士は少し落胆したような表情を浮かべた。ケンもそれ以上の会話が出来ず、「ごゆっくり」と一言かけてカウンターの向こうに消えた。

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0