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4-7.タバコ屋のヨシさん [峠◇第1部]

四方橋から東方へ上がる道の途中に、タバコ屋はある。幸一がここに来て最初に立ち寄った店だ。
店の座敷に置物のように座って、おばあちゃんは居た。名は、ヨシさんというらしい。

怜子が先に店頭から挨拶した。
「こんにちは!ヨシさん。」
「おや、怜子ちゃん、元気そうじゃないか。台風の晩に姿が見えんから、みんな心配しとったよ。」
遅れて、幸一が挨拶した。
「先日はすみませんでした。」
そういうとヨシさんは、
「すみませんが、タバコなら自動販売機で買ってください。」
とおかしな返事をした。お客と間違えたのだろう。怜子が、
「ごめんね。この人は、福谷幸一さん。私の知り合いなの。」とゆっくりした口調で紹介した。
そして、怜子は、ヨシさんに、最近起こった事故と昔の祭りの事故を調べようとしている事を説明し、ヨシさんに訊ねたい事があることを簡潔に判りやすく伝えた。

「ほう、祐一の世話の事かい。ああ、しばらくやっとったなあ。あの子は本当に良い子じゃ。あの子のそばにおるだけで幸せになれる。・・・」
ヨシさんはしばらくの間、祐一の事を思い出しながら、遠くを見ているような表情をしていた。
「ねえ、ヨシさんの前に祐一さんのお世話をしていた人って知ってる?」
「ああ、玉谷の娘がやっとった。ちょうどお前さんくらいの年でな。何しろ、玉城の家に後妻に入ったあの奥さんは、祐一の事をどうしても好きになれんかったようでの。うまく世話が出来んかったからのう。」
「え??玉谷家の娘って?あの、火事になったお宅の・・・」
「おや、怜子ちゃん、玉谷の家の火事の話を知っとるのかい。」
「ええ、駐在さんが、本署の武井さんという方から聞いてきて・・」
「そうかい、そうかい。タケさんは元気にしとるんかいな。」
「え?武井さんの事も知ってるの?」
「ああ、ああ。ちょうど、あの祭の事故や火事、自殺と相次いで不幸な事が起こった時、タケさんはこの村の駐在でなあ。朝から晩まで、村の中でいろいろ走り回っておったよ。それでなあ。タケさんだけが最後までこれは事件だって言い切っておった。」
「ねえ、ヨシさん。ヨシさんの知ってる事、全部わたしに話してくれない?」
「そうじゃのう。そろそろ、若い人に伝えたほうがよさそうじゃのう。まあ、外に立っとらんと、中にお入り。」
そういって二人を座敷に迎えた。

ヨシさんは、話をする前にと、お茶を煎れた。そして、ゆっくりと飲みながら、話し始めた。
「あの祭が不幸の始まりじゃった・・・」

ヨシさんの話は、祭の事故の事を克明に伝えた。武井さんもきっとヨシさんと話していたに違いなく、寸分も違っていなかった。

祭の終いの儀式で若者4人が橋から飛び込んだ。前日の豪雨で水量が増えていたため、3人は無事に上がってきたが、一人溺れてしまった。そして、死んだのは東京から遊びに来ていた大学生。無事だったのは、玉穂忠之(昭の父)、玉城祐志(祐介の父)そして、須藤司(啓二の父)。

前夜から酒盛りをしていたそうで、4人とも酔ってはいたが、死んだ大学生だけはかなり泥酔状態だったという証言もあり、溺死の原因とされたそうだった。ただ、亡くなった大学生は玉谷家の娘と恋仲になっていて、相当なショックを受けて、事故の後からは家に篭ってしまっていたという。

それからほぼ1年後に火事は起きた。ただ、火事の件は、少し様子が違った。
あれは失火によるものではなく、放火ではないかとヨシさんは言った。
燃え盛る火の中から、玉谷家の娘が、半身やけどを負いながら、赤ちゃんを抱いて飛び出してきて、何やらわからん事を半狂乱で叫んでいたそうだ。
消火作業で、辺りはたいそう混乱していた。気が付くと、娘の姿がなく、村人総出で探したがとうとう見つからなかった。そして、翌日、玉付岬で娘の履物が見つかり、投身自殺を図ったのではないかと言う事になった。娘の遺体は結局見つからなかった。

そこまでヨシさんの話を聴いていた怜子が、ふと横を見ると、幸一の表情がこわばり、全身が震えているのがわかった。
「どうしたの?幸一さん?」
「・・・・いや・・・何でもない・・・大丈夫だよ。」
「ねえ、ヨシさん。その娘さんの名前は?」
「ええとな・・なんといったかのう。・・・確か、和・・・・和美・・そうじゃ、和美ちゃんじゃ。祐一が、和美ちゃんがなかなか言えなくて、<かみちゃん>と言っとった。じゃが、ほとんどは、<おねえ>と呼んどったがの。」

そこまで聞くと、幸一は急に、「すみません。」とだけ言って、立ち上がり、タバコ屋から飛び出していった。
「幸一さん!どうしたの!幸一さん!」
幸一は振り返りもせず、薬師堂のほうへ歩いていった。

「ヨシさん、ごめんなさい。何だかおかしな人で・・」
「いや、怜子ちゃんが気にする事じゃあない。恐ろしい事件じゃ、聞きたくもないじゃろう・・」
「ねえ、その、和美さんが抱いていた赤ちゃんは?」
「いや・・そうじゃのう・・・見つからんままじゃったから・・たぶん、母親と一緒に死んでしまったのじゃないかのう。」

怜子は、ヨシさんの話を聞き、祐一の「お兄は殺された、お姉は死んだ、赤子はどこじゃ」の意味がようやくわかった。きっと世話をしてくれていたお姉ちゃんを亡くしたことが、今でも深く胸の中にあるのだとわかった。
ただまだ釈然としなかった。昭たちの一連の事故が祭りの事故と関連があり、復讐と考える事は無理のない事であったが、復讐を遂げるべき犯人がやはり存在しないのだ。

怜子は、ヨシさんに礼を言い、タバコ屋を後にして、幸一を追いかけた。
それにしても、幸一さんは、何故、急に席を立ったのだろうか、そう言えば、娘の名前を聞く前から様子が変だったし、名前を聞いてびっくりした様子だった。火事と何か関係のある事を知っているのだろうか。

そんな事が頭の中を巡りながら、薬師堂の角を曲がり、岬へ続く道を歩いていった。
幸一は、岬の入り口に立っていた。


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