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4-8.困惑 [峠◇第1部]

8.困惑
「ねえ、幸一さん。どうしたの?」
怜子が幸一の顔を覗き込むように声を掛けた。
幸一は、眉間にしわを寄せ、ぐっと歯を食いしばり、こらえきれない悲しみと怒りを浮かべているように見えた。
「ねえ、どうしたの?ヨシさんの話を聴いてる途中から変よ。どうしたの?教えて。」
怜子はとにかく幸一の様子が心配だった。
幸一は、何から話してよいのか戸惑いながらも、今、自分の中に抱えている事を吐き出さなければと感じて、ようやく、口を開いた。

「さっきのヨシさんの話・・」
幸一はもう一度確かめるように言った。
「祭りの事故と、火事そして投身自殺。祐一さんがつぶやいたた<お兄は殺された、お姉は死んだ、>と言う言葉。きっと、あれは祭りの時に死んだ青年とその後を追うように自殺した和美さんの事よね。」
「ああ、間違いないだろう。殺されたって祐一さんが言うのにはきっと確かな理由があるのだろう。」
「そうね。お世話をしていた和美さんが、事故以来家に篭ったことで、祐一さんも寂しかったはず。誰からか、祭りの事故の話を聞かされたんでしょうね。」
「ああ、きっと今でも祐一さんはその悲しみを胸に抱いている・・」
二人は祭りの事故が意図的に起こされたものだと確信した。そして和美の悔しさや悲しみを、祐一が受け取ったに違いないと思っていた。
「和美さんの悲しみを考えると胸が痛くなる。私だって、恋する人と会えないと思うだけで辛いのに、殺されたとなれば・・・・、きっと私ならすぐに復讐しようとするかもしれない・・」
そういう怜子の目は、じっと幸一を見つめていた。

しばらくして、幸一が口を開いた。
「その、和美さんはきっと僕の母親だと思う。」
「え・・・・・でも、名前だけでは・・・」
「いや、僕の小さいときの記憶だが、母の背中から肩にかけて火傷のあとがあった。間違いない。」
「そんな事って・・・。でも、投身自殺をしたって・・」
「いや、遺体は見つかっていないんだろう。何とか一命を取りとめ、どういう経緯かわからないが父と暮らすようになったんだろう。きっと、投身自殺した時のショックで記憶を失ったんだろう。」
怜子は、幸一が吐き出すように口にする言葉が痛くて、何も答えられなくなった。
「母が、亡くなる直前に僕に残した言葉、<玉は守り神>。きっと、あれは、この村の事。そして、自分が受けた悲しい境遇に恨んで、僕に伝えたかったんじゃないだろうか・・。」
「じゃあ、<赤子はどこじゃ>という最後の言葉にある、赤子が幸一さんということなの?」
「きっとそうだろう。生まれながらに因果な運命を背負っていたんだ。」とついに告白した。

自分が何者なのか知りたくて、あちこち歩き回り、ついに辿り着いたこの村で、ようやく手にした真実は、母のあまりにも悲しい過去であった。そして、自分がこの村に来た事で、3人もの青年が不幸な事件に遭ったことを悔いた。この村に来なければ、自分が過去を調べようとしなければ、こんな不幸な事件は起きなかったと自分を責めた。幸一は、大粒の涙を流し、力なく、その場に座り込んだ。
そんな幸一を目の当たりにして、怜子は言葉を失った。
そして、怜子は、幸一を後ろから抱きしめた。まるで、母親が子どもをかばう様に。
しばらくの間、二人はそのままに時間をすごした。

ようやく、気持ちが落ちついた幸一を見て、怜子は耳元で優しく囁いた。
「幸一さんのせいではないわ。すべては26年前の出来事が発端。貴方も、貴方のお母様も被害者なのよ。このまま沈黙していてはダメ。最後まで真相を確かめなくっちゃ。そうしないと、みんなの中に、悲しみと恨みだけが残ってしまう。」
幸一は小さくうなずいた。

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