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4-9.救命胴衣 [峠◇第1部]

どれくらい時間が経ったのだろう。
二人並んで座り、これからの事を何となく考えていた時だった。
怜子が、岬の下に広がる岩場の影に、赤い漂流物を見つけた。

「幸一さん、あれ何?ひょっとして・・」
「ああ、救命胴衣のように見えるね。」
「ひょっとしたら、啓二の船のものかも知れない。」
そういうと、岬の西にある細い崖道を急いで降りていった。
二人は、啓二がそこにいるかもしれないと心の中に思いながら、しかし、遺体となっているかもしれないと不安を拭えず、口にはしなかった。

岩場に着くと、赤い救命胴衣が岩に隠すようにあった。
救命胴衣には確かに「第2玉啓丸」の名前が書かれていた。
「啓二の船の救命胴衣に間違いないわ!」
二人は、岩場の間をくまなく調べた。他に何か啓二の消息につながるものはないか、目を皿のようにして調べた。漂着物はいくつかあったが、第2玉啓丸のものと判別できるものは無かった。
二人は、落胆した表情で、海岸に腰を下ろした。

「事故の様子の詳細はわからないんだよな。」幸一が口を開く。
「ええ、大きな火柱と沈没だけ。」怜子が力なく答えた。
「確かに、前の日に逢った時、エンジンの調子が悪いとは言っていたが・・爆発するような事ってあるのかな?」
「昔、お父さんが言ってたけど、船のエンジンは大事に使えば10年とは言わず使えるって。それに、啓二の船は古い船で、今の船のようなプラスチックじゃなく、木造船だから、例え燃えても、沈む事は少ないらしいの。」
「そうか。じゃあ、啓二の船は特別な何かがあったはず。火柱が上がるくらいの燃えやすいものが積んであったとか・・」
「やはり、事故じゃなくて誰かが何かを仕掛けたと考えたほうがよさそうね。」
幸一は立ち上がり、また、海岸を見回した。
「ここは、漂着物が多いね。」
「そうね。潮の流れの具合かしら。瀬戸の海は、上げ潮と下げ潮で海流が反対に向くから、この海岸と、家の前の、そう玉水水産のある海岸にたくさん漂着物が集まるみたい。沖に出ると、向こうに見える姫島っていう無人島の方角へ潮が出て行くみたいだけど。」

ふと顔を上げた幸一が、岬の西側を見て気づいた。海岸の向こうに小さな煙が昇っていた。
「この海岸の先はどうなっているんだい?」
「この先は、大久保海岸という小さな入り江。昔は人が住んでいたらしいんだけど、15年位前の台風と豪雨で、山の道が崩れて通れなくなったのと、海岸にあった小さな船着場も壊れてしまってからは、誰も行かなくなってしまったらしいの。」
「そうか。でも、ほら、小さな煙が上がっている。きっと誰かいるんだよ。行ってみよう。」
「でも、道は通れないから、海岸伝いに行くしか方法がないわよ。」
「行けないのかい?」
怜子はちょっと考えてから
「私は行った事がないから良くわからないんだけど、昔、啓二に聞いた話では、途中までは海岸を歩いていけるけど、立岩と呼んでいる岩場を過ぎた後に、浜の人は、みんな「ダボ」と呼んでいる大きな深みがあって、干潮でも泳がなくては渡れないところがあるらしいの。」
「そうか、何とかいけないかな。ひょっとしたら、啓二がそこにいるんじゃないかって・・・」
「そうね。とにかく行ける所まで行きましょう。」

幸一と怜子は海岸伝いに大久保海岸を目指した。
しばらくは岩場が続いていて、岩の上を歩けたが、途中はやはり大きな深みが広がっていた。幸一と怜子は、腰まで水に浸かりながら進んだ。途中、波に足をすくわれそうになりながら、幸一が手を引き、時には、怜子をだき抱えるようにして前へ進んだ。
しかしその先には、さらに深みが続いていて、もう泳ぐしかなかった。その深みは、渦を巻くように潮が底へ向かって流れていた。怜子はあまり泳ぎは得意なほうでは無く、流れに巻かれて、気が遠のいていく。幸一が、怜子の腕をしっかりと掴んで力強く引っ張っていく。怜子が気がつくと、大久保海岸の岸辺に横たわっていた。幸一も海岸に寝そべり、空を見ていた。
怜子の目が覚めたのに気づき、幸一が言った。
「こうしていると、忌まわしい過去なんて忘れたほうが幸せになれる気がするよ。」
「そうね。すべて忘れたほうが良いわね。」
「君と二人、この青空みたいにまっさらな気持ちで、生きていきたいなあ。」
怜子は返事をせず、深呼吸をした。

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