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4-10.大久保海岸 [峠◇第1部]

ようやく、大久保海岸の入り口に着いた。
さっき幸一が言ったとおり、海岸から50メートルほど山に入ったところに小さな煙が上っているのが見えた。
近づいてみると、伸びた萱の中に、隠れるように小さな小屋が建っていた。
小屋と言うより、漂着した木材やビニール等を組み合わせたような、辛うじて雨露を凌げるようなものだった。入り口には、海岸の漂着物でこしらえた扉のようなものがあった。

幸一はそっと扉を引いてみた。中には誰もいないようだった。
怜子と幸一は、中を見て驚いた。
手作りの小さな釜戸や鍋ややかん,お椀があり、確かに誰かが生活しているようだった。
更に驚いたのは、壁には、小さな絵画がいくつも掛けられている事だった。どれも、海や草木を描いたものだったが、1枚だけ、玉浦の港と古い船が描かれたものがあった。

いきなり、後ろから声がした。太い威嚇するような声だった。
「誰だ、お前ら!何してる!」
振り返ると、髪もひげも伸び放題の、一見、浮浪者のようなイデタチの男が、手に鉈を持って立っていた。
二人はその様子に驚いて、小屋から飛び出した。
その男はじっと怜子を見つめていた。その目は意外と優しそうに感じた。
怜子が何か言おうとしたが、男は遮るように
「ここへは二度と来るな!わかったな!」
男はそういうと小屋の中へ入っていった。

あまりの驚きと恐怖に、立ちすくんだ二人は、これ以上ここにいても無駄だと考えた。
先ほど来た海岸を戻ろうとしたが、徐々に潮が満ち始めている。帰るのは難しいようだった。
どこかに道はないかと、山を上がってみる事にした。
小屋からわずかに人が通る道のようなものがあった。しばらく歩くと怜子が
「この道は昔の通路ね。でも確か途中で途切れているはずだけど・・」
「そうか・・でも、あそこには戻れないよね。」
幸一はそう言いながら、立ち止まって、辺りを注意深く見回した。
古い道の脇に、獣道のような分かれ道があった。
山の上のほうへ向かっているので、行ってみることにした。途中はかなり狭く、木々が枝を伸ばしており、跨いだり、潜ったりしなら、進むしかなかった。
少し、その道が広がってきた。そして、いきなり、樹に塞がれてしまった。
「これは、どうしたものだろう。」
立ち塞がる樹を押してみると、何なく動く。そして視界がぱっと開けると、みかん畑につながっていた。
そこは、祐介のみかん畑だった。
「こんなところに出るんだ。」
あの仙人のような男が、時々村のほうへ出てくるために作ったものなのか、定かではないが、意外に早く村に辿り着く事ができた。

みかん畑から倉庫のあるところまで二人は歩いていた。
ふと玲子が口を開いて
「ねえ、あの男の人が一連の事故の犯人じゃないかしら・・・」
幸一も同じ事を考えていた。確かに怪しすぎる風体だった。
怜子が続けた。
「雄介さんの畑まで、あの道を通れば誰にも見られないわけだし、やる事はできたはずよね。それに、昭の事故は真夜中の事で誰にも気づかれず村に出てくる事もできる。岬で私を突き落とした後も、海岸伝いに行けば、幸一さんにも見られず逃げる事ができる・・・」
「ああ、3つの事件はつじつまがあう。だけど、啓二の件はどうなんだい?まさか、海の中で待ち構えていたわけじゃないだろう。」
「そうね。じゃあ、あれは偶然の事故だったと考えればどうかしら・・・」
「そんな偶然があるかな・・・」
「そうね。・・私、あの男の人、どこかであった事があるようなの。何だかよく知っている人みたい・・」
「そうかい。状況から見ると犯人みたいだけど、僕には、あの人が犯人とは思えないんだ。」
「どうしてなの?」
「あの小屋を見ただろう。随分、昔からあそこにいるはずだ。それに、絵画。あれだけの画材をどうやって手に入れたのかも不思議なんだよ。誰かが、あそこに住んでいるのを知っていて定期的に届けているように思うんだ。それと、風景の絵の中に1枚だけ港を描いたものがあったよね。かなり鮮明に、船もすごく丁寧に書いてあった。港や船の事を良く知っている人じゃないと描けないくらい正確に書いてあったんだ。」
「じゃあ、村の人がわざわざあそこにいるって事?」
「何か、わけがあって隠れ住んでいるんじゃないかってね。そんな人が事件を起こすとは思えないんだが・・」

そんな会話をしていると、東方の通りに着いた。
海岸を通ったため、ずぶぬれになっていたので、怜子は一旦家に戻って着替えてくると言った。
幸一も、住職に、もう少し聞きたいことがあるからと寺に戻る事にした。
二人は、夕方にはもう一度、ケンの喫茶店で会う事にして別れた。

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