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5-3.二人目の殺人 [峠◇第1部]

夜が明けたばかりの大久保海岸に、その男の姿があった。
祐介のみかん畑から、隠れ道を抜けてきたのだった。
その男は、仙人小屋の前に来ると、「おい、出て来い!」と声をかけた。
中からゆっくりと、浮浪者のような『大久保仙人』と呼ばれる男がぬっと顔を出した。

「俺が誰だかわかるか!」
仙人は答えに困った。よく知っている顔であり、時々、ここへも来た男だからである。
「何言ってるんだよ、お前は・・」と言いかけたところで、その男はナイフを見せた。
「何するんだ!」
「俺は、順平。玉谷順平だ!」と叫んで、仙人に飛び掛った。ナイフはとっさに仙人が蹴り飛ばした。
二人はしばらくもつれ合ったまま、小屋の前から海岸に転がり出た。
最後には、男が仙人に馬乗りになった。
そして、
「お前は、司だな!こんなところに隠れてやがって。」と顔を殴りつけた。さらに、
「祐志から全て聞いた!お前があの祭りのとき、健一を殺したんだろ!」と胸座を掴んだまま、叫ぶ。
抵抗しようとしていた仙人、いや、須藤司の動きがぴたりと止まった。

「そうか、祐志の奴、話したのか。」と、もう全て観念したようだった。
「お前があんな事をしなければ・・こんな事には・・・。祐志の奴は昨日神社で殺してやった。お前にも同じ痛みを与えてやる。」
順平は鬼のような形相で司の顔を見た。一方、司は穏やかな表情だった。そして、
「やっと死ねる。この10年、ここに隠れ住んでもう限界だ。今でもあの時の光景が浮かんできては消えない。さあ殺してくれ。」
そう言って、手足の力を抜いた。

順平は、ナイフを拾い上げ、司を脅すように立たせ、大久保海岸の西側へ向かって歩かせた。
そして、通称『ダボ』と呼ばれる深みの淵にある高い岩の上に立たせた。
そして、隠し持っていたロープで、司の両腕と両足をきつく縛った。
司は身動きできない状態にされた。そして、ロープの先は、ダボは岩場の1メートルもあろうかと思える大きな岩を結びつけられた。
司には、この先の運命がすぐにわかった。
司が口を開く。
「命乞いをするつもりは無い。やっと死ねるんだから。だが、最後に、ひとつだけ聞いて欲しい。」
順平は、そういう司の顔をしばらく見て、「話してみろ。」と言った。
「今更だがな・・・俺には、あの大学生に何の恨みも無かったし、いたずら半分でやったことでもない。全て、剛一郎に言われてやったんだ。」
「なんだと、この期に及んで、剛一郎のせいにするつもりか!」
「まあ聞け。実は、あの頃、俺には、漁協へ船を新造した借金があった。だが、不漁続きで、思うように借金が返せなかった。このままでは船を売らなくちゃいけない状態だった。そんな時、剛一郎が金を全て立て替えてくれたんだ。ありがたかった。結婚し、子どももでき、これからという時だったから、剛一郎には感謝していた。そして、あの祭の日、神社で控えていた俺のところに、あいつが来て、その金を棒引きにする代わり、健一を溺れさせろと耳打ちしたんだ。俺は、剛一郎の言葉に逆らえなかった。本当に、すまなかった。」
そう告白して涙を流した。
「お前たちのした事で俺は家も妹も全てをなくしたんだぞ。この悔しさがわかるか!」
「本当にすまない。」司は心から詫びた。

そして、海のほうへ向き直ると、そっと目を閉じ、岩の先をすり足で前に進んだかと思うと、そのまま海へ飛び込んでいった。
繋がれたロープがするすると伸びた。伸び切った時、結んであった大岩がバランスを崩して、ドブンと水しぶきを上げ海中へ沈んでいった。
しばらく、海中から泡が浮かんできたが、徐々に小さくなり、静かになった。


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