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5-4.翌朝 [峠◇第1部]

4.翌朝
「幸一君はいるかい?」
寺の境内で、武井が声をかけた。
本堂の障子が開いて、幸一が出てきた。
「おや、武井さん。おはようございます。朝早くから。何かわかりましたか?」
「いや、現場検証では特に何も出なかった。あれから、署に帰って、いろいろと考えたんだがね。そこで、君の意見が聞きたくてね。」
昨日の玉城祐志殺害の現場検証を終え、武井は深夜近くに署に戻ったようだった。
「僕も、昨夜はなかなか寝付けなくて・・・やはり、大久保海岸にいる男は今回の件で何か知ってるんじゃないかって・・・」
「君もそう思うかね。私も前から気になって聞き出そうとはしたが口を開かなかった。これから、行ってみようと思うがどうだい?」と誘った。
「行きましょう。ここへは来るな!と言われましたが、来て欲しくない理由があるはずです。一緒に行きましょう。」
そういうと、寺を出て、四方橋へ向かって歩いた。
四方橋まで来ると、港から怜子がやってきた。
「おはよう。どうしたんだい?」と幸一が怜子に言った。
「おはよう。今、幸一さんのところへ行こうと思って・・。武井さんと二人でどこかに行くの?」
武井が、大久保仙人のところへ行く事を説明した。
「私も行きます。あの人、私の知っている人に違いない。確かめたいの。」
そう言って、武井の目も憚らず、幸一の腕に自分の腕を回した。武井は二人の関係を察したが、口にはしないほうがよさそうだとシカトした。
タバコ屋の前に来ると、「ヨシさん!元気かい?」と武井は声をかけた。
ヨシさんが、座敷から「おや、珍しい。タケさんかい?ほら、ハイライト!」と言って、武井に一箱放った。武井は「ありがと様。また来るよ。」と言って受け取り、そのまま通り過ぎる。
「いいんですか?」
「いつもの事だから・・」と何食わぬ顔でハイライトの封を切り1本吸った。

みかん畑に向かう分岐点に差し掛かった時、浜から駐在が制服姿で駆けてきた。そして、武井に敬礼すると、
「おはようございます。武井室長!これから捜査ですか?」と堅苦しい挨拶をした。
武井は苦笑いしながら、「そんなに意気込むなよ」と言わんばかりに、ゆっくりした口調で「何か、わかったかい?山本巡査?」と言い返した。
駐在は、「ハイ!」と直立して、手帳を取り出した。
「昨日、玉水怜子さんから通報いただいた、海岸の漂着物の件で報告いたします。」と続けたので、武井が、
「おいおい。普通にいこう。私は君の上司じゃないんだから。」と気を抜くように言った。
そして、大久保海岸へ行きながら駐在の報告を聞く事にした。

駐在の話では、海岸にあったのは確かに啓二の船の救命胴衣だが、予備のものだという。啓二は、常々、赤い救命胴衣は大きくて不恰好で作業がし辛いからと言って、シャツの下に着る薄い救命胴衣をいつも身につけていたという。
そこまで聞いて、怜子が
「じゃあ、啓二は海に放り出されて、どこかに生きているかも知れないということ?」と訊いた。
「その可能性はあります。ですから、また捜索を再開しました。それから・・」と続ける。

見つかった救命胴衣は、空気を補充して使うタイプで、見つかった時、空気が入っていた事から誰かが直前まで着用していたと考えられるという事だった。
「やはり、事故の時は啓二以外に誰かが船に乗っていたんだ。」
幸一が言うと、武井が
「啓二が船に他人を乗せる事は滅多に無い。ひょっとしたら、隠れていたか、無理やり乗り込んだんだろう。」と続け、事故を起こした犯人が使ったものだろうと思われた。

「それから・・・」と駐在が続ける。
浜辺一体、他に船と関連する漂着物が無いか、警官数人で捜索したところ、救命胴衣の近くから、ガソリンを入れる容器が見つかった。明らかに新しく、中に僅かだがガソリンが残っていたのだった。
「漁船の燃料か何かなんじゃ。」と幸一が言うと、
「港の船はほとんどA重油が燃料で、港にあるタンクから漁協の許可をもらって入れるルールだから・・」と、怜子が否定した。
「ひょっとしたら、啓二の船にはガソリンが積まれていたんじゃないかな?何かの熱で引火すれば・・」
「でも、沈没したから、調べようが無いわね・・。せめて,啓二が生きていてくれたら・・・」

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