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5-5.仙人小屋 [峠◇第1部]

5.仙人小屋
やがて、祐介のみかん畑に着いた。朝の光に瀬戸の海が光っている。
幸一は、先日通った、あの隠れ道の入り口を探したが、出てきた時と様子が違ってなかなか見つからなかった。
「ここじゃないかね。」
武井が入り口を見つけた。
「へえ、こんな風になっていたんじゃ、判らないな。」
駐在が感心して、入り口の木を持ち上げて入っていった。
途中、隠れ道が二手に分かれていた。大久保海岸から戻るときは一目散に出口を探していたため、途中に分かれ道があるとは気づかなかった。一方は、谷を降りていた。薄暗い森の中を通じて、岬の方ににつながっているようだった。

ようやく、大久保海岸に着いた。大久保仙人の小屋が茂みの中に見える。あたりには、仙人の姿はなかった。
4人は、小屋へ急いだ。小屋の前で武井が声を掛ける。
「おい、私だ、武井だ。居ないのか?」
何度か呼びかけたが、返事はなかった。
「入るぞ。」そういって小屋の入り口を開けた。
小屋の中には、小さな釜戸に鍋が掛けられ、湯が沸かされているようだが、釜戸の火は消えかかっている。
「おかしいなあ・・・外を出歩く事はほとんどないはずなんだが・・・」
武井は首をかしげた。
「ちょっと海岸を探してみましょう。」そういって、駐在と幸一は外に出た。
怜子が、小屋の中に入ってみた。
先日はちらとしか見なかったが、何枚かの絵が掛かっている。
一つ一つ、実に美しかった。何度も何度も書き直したのだろう。風景画だが、細部まで細かく描かれている。まるで、写経修行をするように、丁寧に、丁寧に書かれていた。
その中でも、港を描いた1枚はさらに見事だった。じっと怜子がその絵を見ていて、はっと気づいた。
「ここに描かれている船、よく見て!これって啓二の船。ほら、舳先に竜の頭の飾りがある。」
怜子の言葉に、武井が近づき、その絵をじっと見て言った。
「よく描けてる。だが、これは啓二の船じゃない。」
「いいえ、この舳先を持っているのは啓二の船だけよ。」
「よく見てごらん。船の胴体の色が違うだろ。それに、船の周りの衝撃避けのタイヤが黒い。啓二の船は、白く塗ってあった。これは、司の船だな。親父が行方不明になって、そのまま譲り受けたんだ。・・・」
「ということは、これを描いた人は・・・」怜子が返す。
「そう、きっと司自身だろう。やはり、あの男は行方不明になっていた司だったんだ。」
武井が結んだ。

啓二の父、司は、10年ほど前、漁に出たきり行方不明だったのだ。立て網漁のアンカーにつながれていた船だけが見つかったのだった。漁作業の途中で船から落下して潮に流されたのではと言われていた。

それならば、行方不明になって隠れ住むだけの理由があった事になる。
「こんなところに隠れ住んでいたなんて、よほどの理由があったに違いない。」武井が言った。
「啓二さんから聞いたんですが、啓二さんのお父様は、行方不明になる前、『俺がやったんじゃない』とつぶやいていたそうです。何か、罪を犯して逃れるように酒を煽っていたとも聞いています。」怜子が啓二から聞いたことを話した。
「そうか・・そういうことか。祭りの事故で青年が亡くなった。きっとそうなったのは司が何かをしたと言う事だろう。それを悔いて、自殺をしようとしたんだろう。でも死に切れず、ここで、隠れるように生きてきたんだろう。」
武井は、仙人に何度か話しを聞こうとここへきていたが、気づかなかったとも言った。


幸一は、小屋の裏手に回って、仙人の姿を探してた。
誰も出入りしていない小屋の裏側は夏草が大きく茂っていて、足元もおぼつかない。ゆっくり一歩ずつ入っていく。すると、草むらで何か硬いものを踏んだ。拾い上げてみると、薄手の救命胴衣だった。海岸で見つけたものとは違い、黒色で薄手のジャケットのような形状だった。内側には、「第2玉啓丸・須藤啓二」の名前が記されていた。

「怜子!」
そう言って、幸一は小屋の中に入った。そして、今拾った救命胴衣を見せた。
「これって・・啓二の?じゃあ、啓二はここにいるんじゃない?」と怜子は喜んだ。
急いで小屋の中を見る。
小屋の奥には、青いビニールシートで仕切られたところがあった。
そこを捲ると、一段高く寝床のように設えた場所があった。
うす汚れた布団の上に、啓二が横たわっていた。

「啓二さん!啓二さん!無事だったのね!」
怜子が揺り起こすように呼びかける。外傷はなさそうだったが、随分衰弱しており、反応はなかった。
「事故の後、偶然、ここに流れ着いたんだろう。運良く、父親に発見されて助かったんだ。」
幸一が言うと、
「きっと、司自身も、10年前、船を残して消えた時、死にきれず潮の流れでここに着いたんだろう。死んだつもりでじっとここで生きて来た。そこに、同じように息子が・・・・なんていう皮肉な運命なんだ。」
と武井が嘆くようにつぶやいた。

「武井さん!来て下さい!」
外から甲高い駐在の声がする。

3人が出てみると、浜辺で駐在が何かを光るものを持って、こちらに見せている。
「武井さん!ここにナイフが落ちていました。まだ新しいもののようです。」
一連の事件の犯人のものだと直感した。とすると、犯人と司がここで顔を合わせたことになる。祐志を殺し、更に司にも刃を向けたのだと想像できた。
「山本巡査!小屋の中に啓二君がいる。すぐ本署に連絡をして、救急隊を要請してくれ!それから、玉水水産に、至急警官を向かわせてくれ!」
「はい、わかりました。」
そういうと無線で連絡をし始めた。
「え!私の家?武井さん、どうしてですか?」
「いや、祭の事故の恨みを晴らすのが犯人の目的なのは明白だ。祐志を殺害した後、すぐにここに来て、司を襲ったに違いない。すると、最後に残るのは剛一郎だけだ。きっと、玉水に行くはずだ。」と武井が言う。
「でも、祭の事故の時、お父さまは川には飛び込んでいないはずです。なのに・・」
怜子が、繰り返し尋ねる。
「その理由は、剛一郎に聞いた方が早い。とにかく今は須藤司を探そう。」

3人は、大久保海岸一体を探した。海岸の端から端まで探したが人影すら見えなかった。
怜子は、昨日、幸一と渡ってきた海岸の風景がどこか違っているような気がしたが、何が変わっているのかわからなかった。幸一に尋ねるまでもないとやり過ごして、周囲を探し続けた。

しばらくして、救急のヘリコプターがやって来た。
啓二を吊り上げ、駐在が付き添って病院へ向かった。

3人は隠れ道から村へ戻る事にした。怜子は父親の事が心配だった。理由はわからないが武井の言葉に父がこの事件に深く関係している事はわかった。
みかん畑を抜け、倉庫まで着いた時、刑事らしき男が待っていた。
「タケさん!」その刑事のなかで年配の男が呼んだ。
「おお、なんだ。署長様までお出ましか?」
「茶化すんじゃないよ。連絡を受けて、すぐ、玉水水産に急行させたんだが、玉水剛一郎は留守だった。それで今、行方を探させているところだ。」
「そうか。」
「なあ、タケさん。俺はお前さんに謝らなくてはならん。祭の事故の時、お前さんの言うとおり、事件と見てもっとじっくり調べていれば・・・すまん。」
署長が神妙に頭を下げた。
「いや、いいんだ。これで全て終わりにしよう。早く犯人を捕らえ、すべて、終わりにしよう。」
武井と署長の2人は、祭の事故の捜査チームだった。事故か事件かで対立したのだった。武井は、これは故意に溺れさせた殺人事件だと主張していたが、チーム長が、物証もなく現場の証言では、事故と判断するのが妥当だと言い、捜査を打ち切ったのだった。署長もその時は事件か事故かで迷っていた。そして、上司の判断を認め、捜査から手を引いた。

幸一が、2人の会話に割り込むように、
「あの、ひょっとして、玉付崎じゃないでしょうか?」と言った。
怜子もタケさんも署長も、幸一の顔を見た。
「一連の事件が、祭の事故の恨みを晴らすものだとすれば、26年前の悲劇の最後、そう、娘が投身自殺した場所に行くんじゃないでしょうか?」と説明した。
皆、玉付崎へ急いだ。

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