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5-6.玉付崎の復讐 [峠◇第1部]

玉付崎には、海風が吹いていた。穏やかな瀬戸の海が広がっていて、遠く、姫島が霞んで見える。
玉水剛一郎は、海を眺めて立っていた。これまでの事故や事件を想い帰していた。

そこへ男が現れた。
「こんなところへ呼び出して、何の用だ!」と、剛一郎は不満げに言った。
「俺が、誰だか、わかるか?」と質問した。
「何を言っておる。」と馬鹿げた質問をするなと言う口調で答えた。
「俺は、この時を待っていた。ようやく復讐の時が来た。」
「何だって?復讐とはどういうことだ。」
「俺の本当の名は、玉谷順平。最後の復讐にお前を呼んだんだ!」
剛一郎はその名前を聞いて、顔色が変わった。
「ふ・・復讐とはどういうことだ!」と剛一郎は言った。

「俺は、お前たちに人生のずべてを奪われた。」
「何のことだ!」
「俺は、火事で、両親と妹を失い、大学も辞めた。生きる目的を無くしてあちこち放浪した。何度か自殺もしようとした。だが,死に切れなかった。そんな時、ある町で、托鉢の修行僧と仲良くなった。それから仏門に入って修行した。この村に恨みはあったが、復讐なんて考えもしなかった。」
「なら、何故この村に戻ってきた!」剛一郎は強気になって言った。
「坊主になってしばらくして、偶然だが、香林寺の住職と会い、久しぶりに故郷の近くに行くのも良かろうと思って、短い手伝いのつもりだった。そんな時、玉林寺の住職が亡くなった。香林寺の住職から、玉林寺へ行くよう頼まれ、祖先の供養のつもりでやってきたんだ。」
「それなら、大人しく、供養していれば良かろうが・・・」まだ、強気に言う。
「だがな、ここへきて愕然とした。あろうことか、玉谷の墓が壊され、何も無くなっていた。この村に玉谷家があったことのすべてが消されていたんだ。村の人は誰も話したがらなかった。」吐き捨てるように言った。
「にしきやの主人がようやく教えてくれた。忌まわしい記憶を消すためにと、剛一郎が指図したと。」
「馬鹿な!それは違う。にしきやは玉元家、玉一族の本家筋だからと、強引に壊したんじゃ。玉谷の墓のあとを玉元家が譲り受けると言って勝手に壊したんだ!」剛一郎が弁明した。
「そんな事はどうでもいい。とにかく、これを見て、健一、親父、お袋、和美を亡くした恨みが湧いてきた。だが、何も証拠も無い。だから時間が来るのを待った。10年待った。そこに、あの男が現れた。やっと復讐の機会がやってきたんだ。祐志や司から、祭の事故の真相のすべて聞いた。やはり、お前が糸を引いていたんだな!」
順平、いや、住職は確認するように訊いた。剛一郎は弁解がましく答える。
「おれが悪いんじゃない。あいつが、そう、あいつが和美にちょっかいを出さなければ、俺と和美は一緒になるはずだったんだ。だから・・」
「健一は俺の親友だった。和美が東京に遊びにきた時、俺があいつと和美を引き合わせた。お前なんかよりずと和美を幸せにしてくれるはずだった。それなのに・・」と言うと、じりじりと剛一郎に近づいていく。
「待て。和美は俺との結婚を承諾していたんだ。」
「嘘だ!和美は、親の決めた結婚は嫌だと言って、東京に来たんだぞ。」
「そう・・そうだ。判った。本当の事を話そう。まあ、聞いてくれ。」
そういうと、どっかりとそこに座り込んだ。

「俺と和美の結婚は、お前の親父が持ってきた話だ。俺は昔から和美が好きだった。だから二つ返事で承諾した。当然、和美も承諾していたんだと思っていた。」
「俺の親父から和美の縁談を?そんなはずは・・」
順平は不思議だった。あんなに妹の事を大事にしていた両親が和美の気持ちを考えもせず、縁談を進めるとは思えなかった。
「そうだ。俺は和美が承諾したものだと思って、ある日、和美に結婚の話をした。すると、和美は嫌だと言った。好きでもない人と結婚できないと冷たく言われたんだ。」
「それなのに・・・」
「そうさ。俺だって面食らった。それで親父達に訊いたんだ。すると、順平、お前のためだったんだ。」
「なんだって?おい、言い加減な話はするんじゃない!」
「まあ聞け。お前は頭が良かった。だから、東京の大学に行かせた。しかし、それには、相当な金が掛かる。玉谷家も玉元一族だから、屋敷、田畑はもちろんあったが、何しろ、親父さんは体が良くない。現金収入は少なかった。だから、俺の家からまとまった金を借りてお前を大学に行かせたんだ。」
「ああ、それは親父から教えられた。だから、俺が学校を卒業したら全部返す約束だった。」
「そうだろう。だが、そんな金、すぐに底が尽きる。毎月仕送りをしているうちに、また、お金が必要になった。何度か、親父がお金を工面したようだ。そのうち、お前の両親から、妹の縁談の話を持ち込んだ。おそらく、借金をどれだけしても足りないので嫁に出して支度金でも欲しかったのじゃないか。」
「そんな馬鹿な!じゃあ、俺のために和美は身売りするのと同じじゃないか!」
順平は真っ赤になって怒った。
「そうだ。だから、その話を聞いて俺も頭にきた。両親に向かって縁談を断れと言ったんだ。そんな結婚をしても誰も幸せにはなれないとな。」
「だったら何故?」順平は尋ねる。
「縁談の話はなかったことにしたが、俺は昔から和美が好きだった。お金のこととは関係なく、嫁にしたかった。そう考えていた夏に、あいつは突然現れた。そして、俺の目の前を、和美と2人楽しそうに・・・俺の村の中で・・・なんで・・・」
剛一郎は、今思い出しても、悔しさをこらえられない表情になった。
「だからと言って、健一をなぶり殺しにし、親父やお袋を死なせ、妹まで自殺に追い込んだ。・・・お前だけは・・決して許せない!ここから突き落としてやる!」
順平が剛一郎に掴みかかった。狭い岬で二人はもみ合い、何度か海へ落ちそうになった。

そこに、武井や幸一、怜子が現れた。剛一郎と住職がもみ合っているのが見えた。
「お父さま!」怜子が叫ぶ。
「やめろ!止めるんだ!」武井が叫ぶ。
「来るな!これで終わるんだ!来るな!」順平が叫ぶ。
「止めてください、ご住職。まだわかっていない事があるはずです。真実を突き止めましょう。」
幸一の言葉で、順平、いや住職が動きを止めた。
幸一は続ける。
「自殺した和美さんは、僕の母なんです。生きていたんです。僕も知りたい。火事の事、自殺の事。剛一郎さんはまだ隠している事があるはずです。」
「どういうことだ。和美は生きていた?いや、そんなはずはない。ここから飛び込んで赤子と二人、死んだはずだ。」
住職が言う。
「いえ、生きていたんです。どういうわけかは判りませんが、ここから飛び込んだ後、一命を取り留めました。そして、名古屋で生きていたんです。間違いありません。」
「出任せを言うな!」
「本当です。母は、ほとんど記憶を失っていましたが、玉谷和美と言う名前と、「玉は村の守り神」と僕に伝えたんです。僕も知りたいんです。さあ、手を離して・・・剛一郎さん、知っている事を話してください。」
住職の手が、掴みかかっていた剛一郎から一瞬離れた。
その隙に武井と幸一が、住職に飛びつき、その場で取り押さえた。

怜子が剛一郎に駆け寄った。
「お父さま、大丈夫?」
労わるように、背中を擦りながら、涙ぐんでいる。
「さあ、剛一郎さん、話してください。まだ、隠している事があるんじゃないですか?」幸一が迫った。
「幸一君、何があると言うんだい?」と武井も訊いた。

「タバコ屋のヨシさんの話では、玉谷家の火事は失火ではなく、放火ではないかと言う事でした。誰かが火をつけたんじゃないかと。それと、火事から飛び出してきた母、いえ、和美さんが、半狂乱になっていた事、赤ちゃんを抱いて火事場から飛び出してきて、自殺をするというのも、あまりにも不自然なんです。」
と幸一が話した。
「じゃあ、君は、玉谷家の火事も、和美さんの自殺も、事故ではなく、誰かがやったんじゃないかと言うのかい?」
「ええ、その真実を知っているのは、剛一郎さんだけなんです。」
武井は、幸一の言葉を受け止めて、
「さあ、話してくれ。真実を全て。これで終わりにしようじゃないか。」と剛一郎に諭すように言った。
剛一郎はすっかり観念したように、26年前の出来事を語りだした。

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