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6-1.不幸の始まり [峠◇第1部]

「26年前のあの日が全てを狂わせた。」
最初にそうつぶやいて、剛一郎は重い口を開いた。

「26年前の夏の日、一人の男が峠を越えてやってきた。その男は、玉谷家の兄、順平の友達で、健一と言った。順平はクラブ合宿で不在だったが、あいつの目的は和美に逢うことだった。」と剛一郎。

妹の和美が嬉しそうに出迎えた。
1年ほど前、兄の居る東京に行った際に出会い、一目ぼれだったようだ。
このとき、すでに和美は剛一郎との縁談がまとまっていた。だがこの縁談は玉谷家の家計を助けるため、玉水家へ支援を求めてのものだった。

「和美は拒否した。俺も金目的の結婚と知って、一旦は破談にしたんだ。だが、俺は昔から和美の事が好きだった。」
剛一郎は何とか自分のものにしたいと考えていた。そんなところに東京からの男。

「俺の目の前で、二人は仲良くしていた。腕を組んで村の中を歩き回った。見るも耐え難い状況だった。」

そんな時、祭りの準備が始まった。村の若者は、健一も祭に出るように誘った。和美も勧めた。
そして、祭りの前日。慣例で、祭に出る若者は、神社の本殿で夜通し篭る事になっている。
その年は、玉穂忠之(昭の父)、玉城祐志(祐介の父)、須藤司(啓二の父)が、顔役で終いの儀式に臨む青年達を見張る役だった。そして総顔役が剛一郎だった。

「祭り前夜は、村の差し入れの酒を本殿に篭る青年たちで飲み回す習慣があった。飲めないと殴られた。それを利用して、忠之、祐志、司に、そいつを殴らせた。他の奴らは、早く寝ろと言って本殿の脇の小屋へ入れておいた。その後も、3人がかりで押えつけ、飲ませ殴り・・夜通し続けた。健一は最初こそ抗っていたが、力尽きたのかほとんど無抵抗だった。」
剛一郎は前夜の様子を告白した。

朝になって、まだ朦朧としている健一を3人で担いで川へ向かった。
前日に、大雨が降り、増水していて、他の奴らは飛び込むのを尻込みした。

忠之と祐志と司は、剛一郎の命令なので、仕方なしに、健一を担いだまま川へ飛び込んだ。
「そこで、お前は司に命じて、健一を溺れさせたんだ!」
順平が、祐介と司から聞いた事を確認した。
「ああ、そうだ。司には借金があった。俺が肩代わりしたから、あいつは俺に逆らえなかった。」
「司は随分悔いていた。だから、あの海岸に身を隠していたんだね。」
剛一郎の言葉を聞いて、武井が言った。
「ああ、司はそう言っていた。祐介も悔いていた。」
順平の言葉に皆驚いた。

「そうさ、昨日の夕方、俺は祐介を神社に誘いだした。そこで祭りの一部始終を聞いたんだ。そしてあの時のように酒に塗れて殺してやった。」
「何故、あんなむごい殺し方を?」と武井。
「健一が受けた屈辱を思い出すと抑えられなかった。健一が受けたと同じように、酒に塗れさせ、殴り倒した。だが、それだけでは足りなかった。それに、本当に償うべき人間はまだいたからな。」
惨い殺し方をした事よりも、それだけでは長年の恨みが消えなかった事がまだ抑えきれない口調だった。そして、
「祐志は、健一を直接溺れさせたのは司だと言った。だから、今朝、司の居る海岸に行った。あいつは悔いていた。そして、もう殺してくれと言った。長く隠れ住んでいた事に疲れたんだろう。健一が死んだ時のように、海に沈めてやった。」と順平が言った。
「何てむごい事を。さんざん探したが見つからなかったはずだ。間に合わなかったのか。」武井は残念がった。


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