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6-2.火事の夜 [峠◇第1部]

「火事の件はどうなんですか?剛一郎さん。」幸一は訊いた。
「あの夜の事は・・・」と剛一郎が口ごもる。
今まで黙って父の背中を擦りながら、話を聞いていた怜子が、
「お父様、全て話して。償いのためにも真実を教えて!」と父の背中を叩きながら迫った。
剛一郎は少し考えていたが話す決心をしたように口を開いた。

「火事は放火ではない。」剛一郎はゆっくり確認するかのように言った。
「じゃあ、なぜ、ヨシさんはそんな事を言ったの?」怜子が訊いた。
「そうだな・・どこから話せば良いのか・・」と順序立てて話した。

「この村の人間は、にしきやでほとんど“付け買い”をしていた。玉谷家もそうじゃった。月末には、その集金をにしきやの主人がやっていた。ああ、今の女主人ではなく、あいつの亡くなった父親じゃ。あの頃の玉谷家は、順平の大学費用だけではなく、生活費にも事欠くような状況で、金払いは良いほうではなかった。」
「あの頃はみんなそうだった。俺の家だけ、特別な事じゃない。」住職は言った。

「そうじゃ。じゃが、あの、にしきやの主人は玉元一族にこだわりがあった。」
「玉元一族って何?」怜子が訊く。
「もともと、玉水、玉穂、玉谷、玉城の4家は、玉元家の分家。元を言えば、にしきや自身が本家という事になる。じゃが、あの主人、郷土史家を名乗っていろいろ調べていた時、今の玉元家は本筋じゃなく、勝手に名乗っている事を知ったんじゃ。」剛一郎が話す。
「じゃから、本当の玉元一族になりたかったんじゃろう。玉谷家の借金のかたに、田畑や屋敷を取ろうとした。」
「そんな話聞いたことも無い。それにそんな事をしても玉元が玉谷になれるわけも無い・・」
武井が憤慨して言った。

「あの日、そう、火事が起きたあの日。俺は、玉水家に呼ばれたんじゃ。夕方じゃった。行ってみると、玉谷のお袋さんが泣いておった。それを脇目に、親父さんは、俺に向かって、和美を貰ってくれといったんじゃ。」
「まさか、にしきやの借金の肩代わりにまた縁談を?」怜子が訊く。
「そうじゃ。確かにまだ俺は和美を嫁にする事を諦めてはいなかった。健一の子どもを身ごもり、内緒で生んだ事も知っていたが、それを全て受け入れるつもりでいたから、その申し出を断る事はできなかった。」
剛一郎はうつむいて言った。
「健一を殺しておいて、よく、ぬけぬけとそんな事が・・」
順平が悔し涙を流しながら詰る。
「そうだ、どう思われても良い。俺は和美を嫁にしたかった・・・」剛一郎は返す。

「でもどうして?」怜子が訊く。
「その会話を和美が隣の部屋で聞いておった。襖を開け飛び出してきて、親父さんと俺に、絶対に嫌だと言った。健一を殺した人の嫁にはならない、どうしても嫁になれというならと、台所の包丁を持ってきて、死んでやると言いながら、自分の首に付き立てて泣いたんだ。」
「それから?」怜子は和美の心情がわかり泣きながら訊いた。
「俺はその場から退散した。その後、にしきやへ行ったんじゃ。縁談とは別に借金を肩代わりするから、玉谷家の田畑・屋敷を取るのは勘弁してもらうためにな。じゃが、にしきやの主人は承諾しなかった。それならばと、俺は一旦、家に戻り、現金を持って、また、にしきやに行った。じゃが、にしきやの主人は不在じゃった。訊くと、玉谷家へ行ったというので、心配になって俺も向かったんじゃ。」

「にしきやの主人が火事と関連があるというの?」と怜子。
「それはわからん。向かう途中、にしきやの主人と四方橋で会った時、借金の事はもう良いとこちらの話も聞かず、急ぎ足で店に戻っていったのは確かじゃ。」
「何か、玉谷の方と、お話をしたのかしら。」と怜子。
「俺は、玉谷家へ向かった。そして何度も玄関先で呼んだ。じゃが、何の返事も無い。留守のはずは無い。何度か玄関を叩いた。それでも返答は無かった。仕方なしに、帰ろうとした時、中から火の手が上がった。和美の身が心配で、玄関を蹴破って中に入ったんじゃ。すると、玄関の脇の客間に、親父さんとお袋さんが倒れておった。障子や襖、床の間、そこらじゅう火が点いておった。助けようと近寄ったが、お袋さんは胸に包丁が突き立っていた。わしはそれを抜こうとしたんじゃ。そこに和美が赤子を抱いてきた。そうじゃ、わしが、親父さんとお袋さんを殺し、火とかけた様に見えたんじゃろう。殺されると叫びながら赤子を抱いて家から飛び出して行った。」
剛一郎は、両手で顔を覆って、その時の光景を今でも忘れられないように、悔しそうに話した。
「親父さんとお袋さんを助け出そうとしたが、火の回りが速かった。俺も何とか逃げ出した。外に出たら、村の衆がたくさんおった。和美の姿を探した。見つけて近づこうとすると、和美は気がついて逃げ出した。」
「もう、気が動転して、お父さんに殺されると思い込んでいたのね・・なんてこと・・・・」
と怜子は父の話を聞き、大粒の涙を流している。
「じゃあ、それで、火事は、親父が自分で火を点けたと・・・お袋は?」
と順平がすっかり憔悴した様子で訊いた。
「わからん。おそらく、にしきやの主人が何か知っているだろうと思って、火事の後、話を聞こうと行ったが、具合が悪い、寝込んでいると言って会ってもらえなかった。それから、しばらくして、亡くなってしまったから確かな事はわからん。」と剛一郎。
「玉谷家が経済的に困窮していたのは事実だった。火事の検証では、親父さんもお袋さんの遺体も損傷がひどくて、焼死としか判断できなかったようだ。最も燃えていた部屋の隅にストーブと灯油缶があったので、これに何かの火が引火したものと考えられたんだ。・・こんな事実があったとは・・すまない。」
武井が火事の状況を付け加え、当時の検証では事故としか判断できなかった事を、誰とはなしに詫びた。


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コメント 1

はな

おはようございます♪
とうとう事件の真相が明らかに!!住職の正体がわかってすごくドキドキしながら読んでます^^
ひとつ気がついたのですが・・・
火の手があがった玉谷家に「怜子の身が心配で・・・」とあります
その後の姿を探したのも逃げ出したのも「和美」でいいですか・・・・・・?
by はな (2010-09-30 09:59) 

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