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6-3.自殺の真相 [峠◇第1部]

「ねえ、その後、和美さんがどうなったのか、知ってる事を教えて。」
怜子がようやく気を持ち直して、剛一郎に訊いた。

「和美は、和美は・・・岬から身を投げたんじゃ!」
剛一郎は、そう言って口を閉ざした。
その話だけは、どうしても言いたくないという風に口を閉ざした。
「何か知ってるはずだ。まさか、剛一郎、貴様が岬から突き落としたんじゃないだろうな!」
取り押さえられたまま、順平が剛一郎に食い下がる。
「知っている事があるなら教えてください。僕の母の様子を教えてください。」
幸一がさらに訊く。
「お父様、大事な事なの。幸一さんが和美さんの子どもなのは間違いないこと。そのために、この村に来たのだし、もう全て話して!」
怜子は懇願するように父の顔を見た。
そんな怜子を見て、剛一郎は、
「わかった。」と言い、大きくため息をついてから話しはじめた。


「俺は、火事場で和美の姿を追った。俺を見て怯える和美がいた。近づくと、赤子を抱いたまま、そこから逃げ出した。」剛一郎は言った。
「ヨシさんは、その時の様子を見て、失火ではなく放火ではないかと言ったんだろう。」と幸一。
「和美は俺から逃げるために、下の地区へ向かって走っていった。暗闇の中、ようやく追いついたのは、玉付崎じゃった。」

真っ暗な岬の先端、和美は追い詰められた気持ちだったに違いない。
目の前で、父母が業火に焼かれていく様を見て、そこに結婚を強要しようとする剛一郎が迫ってくれば、恐怖に慄き、正気を失っていたに違いない。
「和美は俺に、”殺さないで。殺さないで“と繰り返し叫んでいた。よほど、火事の光景が怖かったのだろう。もちろん俺にはそんな気持ちはさらさら無い。それよりも後ずさりする和美がいつ落ちてしまわないか心配だった。」
「ちょうど、この辺りなんだね。」と武井。
岬の先端の幅は細く、夜ともなれば、山風が強く立って居るのも大変だったろうと思われた。

「止めろ、何もしない、と俺は何度叫んだかわからない。じゃが、正気の失った和美は、聞き入れようとはしなかった。一歩、一歩、後ずさりをしていった。そして、いきなり身を翻すと、暗い海の中へ飛び込んでいったんじゃ。」
剛一郎の目から涙があふれている。

何も出来ず、大事な人を目の前で失う辛さはそこにいる誰もが理解できた。
「俺はすぐに岬の先端から身を乗り出して和美の姿を探したんだ。だが真っ暗な海だ、何も見えなかった。」
悲しみで打ちひしがれ、力なくその場に蹲る剛一郎の姿が、今の剛一郎と重なって見えた。


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