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6-5.連行 [峠◇第1部]

剛一郎が岬から飛び込んで、しばらくして、武井の通報で、捜索隊がやってきた。

すっかり日が落ち、暗闇が広がっている。捜索隊は、煌々と照明灯を点け、岬から漆黒の海を照らしている。捜索艇も出て、沖合いにまで範囲を広げて捜索したが、何の手がかりもつかめないまま時間だけが過ぎていく。
怜子はその場に蹲ったまま、必至に父親の無事を祈っていた。
幸一は、そっと怜子に寄り添って、肩を抱いた。

夜10時を回ったころだった。
「すまないが、先に、順平を本署に連行しなくちゃいけない。本署に戻るよ。」
武井はそう言って、順平の手錠に縄をつけ、連行した。
漁港近くに、駐在の乗ってきたパトカーが待っていた。
武井と順平を乗せ、サイレンが響き、徐々に遠ざかって行った。

パトカーが四方橋を過ぎたあたりで、武井が順平に声をかけた。
「少しだけ寺に寄っていこうか?」
「え?」と、予想外の武井の問いかけに、順平は戸惑った。
「復讐は、全て終わったんだろ。最後に、両親と妹に経を上げて詫びたらどうだ?」と武井が続けた。
「それはありがたい。剛一郎の話を聞いて、両親と妹に詫びねばと考えていた。寺に寄れるなら・・」
順平は、胸の痞えをおろせる思いで答えた。

武井は「そうか。」と言って、運転している駐在の山本に寺に寄るように指示した。

パトカーは、玉林寺の門の前に着いた。
武井は、
「山本巡査長、この後は、自分が署に連れて行くよ。車は置いていってくれないか。それと、君には、剛一郎の捜索を手伝ってもらいながら、怜子たちの様子を見ておくようにお願いしたいんだが・・」と言った。
駐在は、
「そうですか。僕も怜子さんの様子が気になって、仕方なかったんです。申し訳ありませんが、そうさせていただきます。」
と言って、車を寺の前に残して、走って港に戻っていった。
その様子を見送ってから、武井と順平は寺に入っていった。

「もう復讐も終わったんだから、逃げる事はないだろう。手錠をかけたままというのもなあ。」
武井は、そう言うと、縄を解き一旦手錠を外してやった。
住職は、武井に頭を下げ、本堂に入っていった。
そして、本尊の経机の引き出しから、紫布の包みを取り出した。広げると、3体の位牌が大事に包まれていた。両親と妹の位牌だった。じっと眺め、優しく布で拭い、机上に置いた。そして、香炉に火を入れた。柔らかな香が漂い始めた。
順平は、鈴(りん)を鳴らして経を唱え始めた。静かに経の声が本堂に響いた。住職の顔になっていた。

武井は、その姿を確認し、本堂を出た。隣にある住居へまっすぐ向かい、住職の部屋に入った。
部屋の中は、簡素だった。座卓と座布団、寝具一式、必要最低限のものが綺麗に置かれていた。
武井は、いきなり、押入れを開けて何かを探し始めた。1間ほどの小さな押入れの上段に、小さな箱がひとつあった。蓋を開けて中を見ると、玉谷家の写真。ずいぶん昔のものらしく、モノクロ写真だった。そこには、まだ中学生くらいの和美と高校生の順平と両親が写っていた。
そして、もうひとつ、ノートがあった。中を開くと、祭りの事故を報道した小さな新聞記事、そして、順平が村の人間から聞き出したであろう、書き殴る様な記述があった。一通り、目を通して箱に戻した。ほかにないか、押入れの中を見回したり、座卓の下や寝具なども丁寧に見て廻った。何か、証拠物件を探っているようだった。しかし、思いのものはなかったようで、部屋を出て、本堂に向かっていった。

本堂の脇の小部屋には、幸一が荷物を置いていた。荷物といっても、カバン1つと着替えが掛かっている程度だった。武井は、さっきと同じように、一通り見回したあと、幸一のカバンを開け、中身を見ている。見ているというより物色しているように、一つ一つ手で取り上げ、点検し、またカバンに戻した。掛かっている上着のポケットも探っている。
それでも、目当てのものは見つからなかったようで、ひとつため息をついて、本堂の広間へ入っていった。

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