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6-6.苦悩 [峠◇第1部]

武井が引き上げたあとも、怜子と幸一は、剛一郎の捜索をしている岬にいた。
もう3時間近く、捜索が続いていたが、真っ暗な海岸での作業は容易ではなく、手がかりはつかめないままだった。
深夜0時を回ったあたりで、捜索隊から、一旦捜索の打ち切りの決定がされた。
怜子は承知しようとしなかったが、幸一と駐在が怜子を説得して、明朝から再開する事になった。

「怜子、疲れただろう。一度、家に帰って休もう。また、朝から捜索が始まるまで、少し休んだ方がいい。」
幸一はそう言って怜子を家に帰らせる事にした。
怜子の目は空ろだった。父-剛一郎-が告白した全ての話が、今ごろになって心の底深くで蹲ったままで、自分ではどうにもならない程に重たかった。
「さあ、家まで送るから、帰ろう。」
促す幸一に怜子は、
「大丈夫。一人で帰れるわ。」
何とか一言発するのが精一杯だった。
そして、幸一の目も見ず、一人、海岸沿いに、歩いて帰っていった。
怜子の後姿を見ながら、幸一はそれ以上、声をかけることができなかった。
怜子の心の中にある、悲しみ・痛みは、幸一の中にも確かにある。
兄妹とわかった今、自分の中にある「恋心」をどうすればよいのか、答えが見つからない。
ただ、怜子の姿が見えなくなるまでじっと見送る事しかできなかった。

怜子は、真っ暗な港の道を、玉水水産を目指して歩いた。何度か、振り返って幸一の顔を見たい衝動に駆られたが、一度振り返ってしまうと、そこから動けなくなる思いがして、留まった。とにかく、まっすぐ玄関先に着いた。
剛一郎はいない。真っ暗な玄関を開けても、やはり、静寂だけが広がっていて、無性に淋しさがこみ上げる。
怜子は電気もつけず、そのまま2階の自分の部屋に駆け上がって、ベッドに突っ伏した。

父の告白を聞いてしまった。養女とは知っていたが、父の口から告げられた内容はあまりにも過酷だった。
今まで、平和なこの村で、みんなに愛しまれた幸せな日々。ここで生きて来た全ての時間が幻のように感じられた。あまりにも悲しい運命を辿った肉親と今まで自分を育ててくれた人の深い罪、全て、何かの間違いであってほしいと何度も思い、忘れてしまいたかった。
そして、何よりも、自分の母が、幸一の母だった事実。そう、2人が血の繋がった兄妹であるという事実を知ってしまった。
岬で風に吹かれていた幸一と出会い、大平山へ行き、彼の秘密を聞き、興味を持った。それから、市場で楽しく話した夜、岬の転落事故で辛うじて助かった時、やさしく包み込まれながら過ごした夜、・・・出会ってからまだ僅かな日々ではあるが、怜子の中には確かな愛が芽生えていた。そして、これからも共に生きていきたいと願うようになってしまったのだ。
兄妹と言われて、この強い恋心を、これから、どうすれば良いのか戸惑っていた。
忘れなければと思うほど、余計に愛しさが募り、悲しみは痛みとなって、怜子の胸に突き刺さってくる。

今ほど、幸一とともに居たいと思った事はなかった。幸一の胸に顔を埋め、思い切り泣きたかった。幸一の腕に抱かれて深い眠りにつきたかった。ああ、会いたい・・でも・・いけない、淋しさ・悲しみと苦しみが、胸を押しつぶしそうになっていた。


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