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6-7.住職の死 [峠◇第1部]

怜子を見送った後、幸一も一旦、寺に戻る事にした。
主を失った寺だが、とりあえず、明日の朝まで体を休めなければと思ったのだった。

寺に着いた時には、真夜中1時を廻っていた。
誰もいないはずの寺の本堂に明かりがついている。
不審に思い、幸一は、荷物置きにしている本堂の脇の小部屋にそっと入っていった。それから本堂に通じる襖を静かに開けた。
そこには、血の海のなかに横たわった住職の姿があった。そして、すぐ脇には武井が倒れていた。
「ご住職!ご住職!」
幸一は、大声で呼びながら、住職の身体を抱えあげた。すでに息絶えていた。
住職は、鋭い刃物で首を掻き切られ、おびただしい血が流れ出ていた。脇に倒れている武井を揺り動かした。
「う・・うう・・」と呻くような声をだして、武井が目を覚ました。
「おお、幸一君。」
「どうしたんですか?」幸一の声に、
「いや、ここで順平に殴られて・・気を失ったようだ。順平は?」と武井。
顔を上げた武井は、脇に横たわった住職を見て、
「いや、しまった!自殺するとは!不覚だった。」と叫んだ。
それから、畳に座り込むと、何度か膝を叩き、悔しそうにこう言った。
「父・母、妹を弔いたいと言うので、短い時間ならと、寺へ寄ったんだ。位牌を出し、経を唱えるので私も脇に座っていた。すると、いきなり、何かで頭を殴られた。気絶してしまったようだ。・・・油断した。」

「どうして自殺なんか・・・」幸一は訊いた。

「そうだな・・・おそらく、全ての復讐が終わって安堵したのか、それとも人を殺してしまった事を悔いたのか・・こうなってしまっては、順平の心の中はわからないな。」
武井がつぶやいた。

武井の連絡ですぐに救急車がきたが、既に絶命しており、役には立たなかった。
やや遅れて、刑事が数人来た。住職の遺体の写真を撮り、検分し、運びだした。そして、遺書らしきものはないか、寺の中を探し回った。

幸一も使っていた小部屋に戻ってみた。誰も入ってはいない部屋のはずなのに、異変があった。
これまで、転転とする日々の中で、自分の荷物と着替えは、すぐに持ち運べるようきちんと置く習慣がついていた。ここに来てからも、カバンにはしっかりベルトを締め、取っ手の端を掛けて置くのだが、ベルトが緩み、取っ手も反対方向に引き出されている。さらに、掛けていた上着は、襟が立ち、ポケットカバーが中に押し込まれていた。誰かが、この部屋に入り、カバンや上着を物色したのがすぐにわかった。泥棒だろうか、それとも住職がだろうか、疑問が沸きあがった。
幸一のかばんや、上着のポケットが物色されている事から、犯人は、メモや手紙等のようなものを探していたのではと考えた。
本堂に戻った幸一は、本尊の前の住職が倒れていたあたりを見てみた。畳にはまだ住職の体から流れ出た血溜まりが少し残っていた。机上にあったはずの位牌や紫布等は証拠品として持ち帰られていた。
「そう言えば・・」と幸一は思い出した。

ここへ来た時に一度だけ、本尊の掃除を手伝った事がある。本尊の裏手を掃除していた時、鎮座している台の下には人が入れるほどの小さな扉があり、興味本位に入ろうとしたが、住職に見咎められたのだった。

「ひょっとしたら、隠し部屋かもしれない。」と直感し、本尊の裏手に廻ってみた。
警察もこの存在には気づかなかったようで、そのままになっていた。
扉を開くと一畳ほどの部屋になっていた。机代わりになっていた葛篭(つづら)を開けてみると、一部が焼け焦げている写真や衣類、折れ曲がった万年筆等が収められている。
幸一は、これらが、あの玉谷家の焼け跡から住職が拾い集めた思い出の品である事は容易に想像できた。きっと、住職はこれらを眺めては、幸せだった時代を思い出し、悲運に陥れた人々への復讐を誓っていたのだろう。
その中に、3通の新しい封筒があった。いずれも封は切られている。
その中の一つを開いてみて幸一は驚いた。
便箋には、「復讐の時は来たれり。穂の若き命の果てる時、長き怨みを解き放つべし」と書かれていた。
もう1枚も開いてみた。「城崩れるも、まだ怨み消えず。古き船、海の藻屑へならしめん。」とあった。
最後の1通には、「君が使命。古き穂は身を朽ちて、船の錨は海底へ、濁りし水は泡と帰すべし。」とあった。
3通とも、肉筆ではなく、すべて新聞の切り抜き文字が貼り付けられ。作られていた。
一連の事故と事件を、すべて例えた短文であり、住職へ向けて作られたものではないかと思われた。

「部屋を荒らした人物はきっとこれを探していたのだろう。」
幸一はそう考え、その手紙を持って、小部屋に戻った。

本当に主を失った寺に、幸一は独りだった。
多くの命が奪われ、悲しい運命を知り、そしてまた事件の真相が暴かれていない事を思い返した。身体は疲れていたが、安らかに眠る事など、到底出来そうになかった。

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はな

まだ何か隠された事実が!?
解決したとホッとしていただけにこの展開にびっくり
すごくおもしろいです♪

これを読み終わったら「同調(シンクロ)」の方も読ませていただきます
楽しみです^^
by はな (2010-09-30 10:18) 

苦楽賢人

本当に熱心に読んでいただけ・・涙が出るほど感謝しております。
御指摘いただいた点、すぐに修正させていただきました。久しぶりに自分でも読んでみて・・意外に面白いなと・・自画自賛しております。引き続きお楽しみ下さい。
はなさんのブログも読ませていただいております。
by 苦楽賢人 (2010-09-30 12:52) 

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