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7-1.港 [峠◇第1部]

翌朝、日の出とともに、剛一郎の捜索が再開された。
幸一は、怜子の様子が気がかりで、玉水水産に向かっていった。四方橋を過ぎたところで、タバコ屋のヨシさんに呼び止められた。
「あんた、和美ちゃんの息子だって?」
誰に聞いたのだろう、昨日初めて明かした事であるが既にヨシさんは知っていた。
幸一が、「ええ」と小さく返事をすると、ヨシさんは、
「和美ちゃんはまっすぐな良い娘じゃったよ。まさか、生きていたとは・・良かった。良かった。」と一人、納得して話した。
「ありがとうございます。」と短く礼を言って立ち去ろうとしたが、ヨシさんは、
「と言う事は、怜子と兄妹になるのかのう。まあ、これからは仲良く暮らすとええ。」と言った。兄妹という言葉が幸一の胸に痛かった。

港に着いたとき、怜子はすでに来ていて、捜索隊の本部になっている漁協の事務所の前に、力なく座っていた。その様子から、まだ、新しい発見の情報などは入っていないのは明らかだった。
幸一が来たのを見つけ、怜子は、少し戸惑った表情をしながら、
「ご住職、いや、玉谷順平が自殺したって聞いたけど・・」
と、父の捜索の話より先に、昨晩の住職自殺の件を訊いてきた。
「ああ、帰ったときにはすでに亡くなっていたんだ。」と幸一は答えた。
「そう。」とだけ怜子は答え、次の言葉が出なかった。
幸一が、「捜索の状況は?」と訊いたが「まだ何も」と怜子は短く答えるだけだった。
二人は、その後は、黙ったまま、捜索の様子を伺うだけだった。

一方で、昨日、住職が司の殺害を話した事を受けて、大久保海岸でも、遺体捜索が行われていた。隠れ道を知っている駐在が案内役となり、大久保海岸に向かっていた。
捜索本部に「捜索中の、須藤司と見られる遺体を発見。現在、引き上げ作業中。」との無線連絡があった。しばらくして、「引き揚げ作業中、新たな遺体発見。玉水剛一郎と思われる。」と再度無線交信があった。

港から捜索艇が現場に向かうことになり、警察官が怜子のところにやってきた。
「これからご遺体の収容を行います。ご家族の確認をお願いしたい。」と怜子に要請した。
怜子は卒倒しそうになった。幸一が支え、現場には自分も同行したいと告げ、怜子とともに捜索艇に乗り込んだ。怜子は、昨夜から泣き通しているのだろう。すっかり憔悴してしまっていた。揺れる船の中で、幸一は怜子の肩を抱いていた。

大久保海岸には船着場がない為、現場近くまでは行けなかった。
発見したのは地元の漁師で、ダボと呼ばれる深みに、司は縄で縛られ重石が結ばれ溺死した事と、剛一郎の遺体は、重石から伸びた縄に絡みついた状態だったという。
船に遺体が上げられた。二人とも溺死だというのに、表情は柔らかかった。まるで、死ぬことで自分の犯した罪を償い、安堵したかのようだった。
怜子は、遺体を父だと確認すると、力なくその場に座り込み、幸一の腕にしがみつき、泣き崩れた。
二人の遺体は、死因特定のために司法解剖される事となり、警察が運んで行った。
捜索の喧騒が去り、また、静かな玉浦の海に戻った。

怜子と幸一は、波止場の先端のコンクリート段に並んで腰掛け、遠くの海を眺めていた。
怜子がようやく正気を取り戻したように、
「これで全て終わったのね。」と言った。ここ数日の悪夢のような出来事の終焉を迎えたと安堵したようだった。深い悲しみを抱えたままではあるが、もうこれ以上の悲しみは生まれない。そう思っていた。
しかし、幸一は、「本当にこれで終わりだろうか?」と口にした。

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