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7-3.古い手帳 [峠◇第1部]

3.古い手帳
あいにく、にしきやの女主人は不在らしく、和夫が店番をしていた。事故や事件が立て続けに起きたせいで、村の人たちはひっそりとしていて、店番といっても、ただそこに居るだけだった。

「おお、怜子ちゃん・・」と言ったきり、和夫は言葉が出なかった。
昨日までの話の中身を母親から聞いていたのである。
そんな様子を見た怜子は、
「私は大丈夫よ。」と心配をかけないよう、気丈に振舞って見せ、「ねえ、おば様は?」と訊いた。
「ああ、今、タバコ屋に行ってるみたい。じきに帰ってくるんじゃないかな。」と和夫が答えた。そして、
「なあ、ちょっと見せたいものがあるんだけど・・・」と言って、自分の部屋へ案内した。

部屋に入ると、和夫は机の引き出しから、1冊の古い手帳を取り出して、幸一に渡した。
「じいちゃんの手帳なんだ。この前、お袋には話を聞けなかったから、その代わりに、昔、じいちゃんがいろいろ調べ物をしていたのを思い出して、何か無いかと探していた時に見つけたんだ。」
和夫は、あまり嬉しくない口調で説明した。
「お爺様って、確か、郷土史家でいらして、この村の歴史とか、遺跡とか、探してらしたわね。」と怜子。
「郷土史家なんて自分で名乗っていただけさ。それよりもこの手帳さ。」
と言って、幸一に古い手帳を渡した。
「中は見たのかい?」と幸一が尋ねると、和夫は、
「途中まではね。玉祖神社の由来とか、玉城、玉穂、玉水、玉谷が元は玉元一族だったこととかが書いてある。」と答えた。
「剛一郎さんも、岬で確かそういう話をしていたね。」
と幸一は、怜子に訊いた。
怜子は急に思い出したように悲しい表情になり、こくりとうなずいただけだった。
「だけどさ、その後に、今、俺んちが玉元を名乗っていて、4つの家の本家だとわかったところまでは良かったんだけどさ。・・・実は、祖先が、本家の名前を勝手に名乗って、本家づらをしていた事も書いてあるんだ。それが判って、何だか、恥ずかしくてさ。なかなか言えなかったんだ。」
「そんなの昔話でしょ。」と怜子が和夫の様子を察して慰めるように言った。
「たしか、・・剛一郎さん・・・の話では、にしきやが本家だから、絶えてしまった玉谷家の墓を貰い受けるという理由をつけて、勝手に墓を壊したと言う事も言ってたね。」と幸一。剛一郎の話を極力しないようにしていたが、やむを得ない。怜子はそういう幸一の態度を感じて
「お父様の事は気にしないで。元は全てお父様の罪なんだから・・」と言った。

幸一は手帳を捲りながら、急に、
「確かに、ところどころ読み取れないところはあるけれど、そう書いてある。」と言った。
そして、何ページかの白紙の後に、また、走り書きのような文字が並んでいた。幸一は、これを読みながら、
「これはなんだい?後ろのほうは日記みたいになっているじゃないか。」と言った。
にしきやの先代の主人が残した手帳は、当時の様子を断片的に記していた。
何枚かページを捲ると、「玉谷家火事」という走り書きがあった。そこには、こう記してあった。

『玉谷家、火事。一家死亡。当日、剛一郎が玉谷家借金、肩代わりの申し出あり。事の次第を改めるべく、玉谷家へ行く。当主は玉水との縁組を強く否定。予てからのとおり、玉谷家娘を、わが養女とし、玉元家が一族の本筋となる事、改めて了解する。然るに、村駐在が突然立ち入り、横槍を入れる。彼は正気を失い、暴挙に及び、当主と妻を危める。吾も、命危なき様、逃げ帰る。出火は、村駐在によるものと推察する。』

ゆっくりと読み終わると、3人は顔を見合わせた。
岬で剛一郎が話した事にはなかった、新たな事実だった。
これが本当なら、一連の事故と事件を操ってきたのは、当時の村駐在、武井という事になる。そして、住職は自殺ではなく、武井に殺害された事にもなる。

しばらく沈黙のあと、怜子が切り出した。
「これって、あの武井さんのことよね・・」
「まさか、あの人が・・・」 和夫はつぶやく。
「いや、武井さんなら、住職を殺す事はできたはず。村駐在だった事は確かだし、祭の事故や火事の件にこだわっていた事も理解できる。きっと、一連の事故と事件は、武井さんの復讐劇だったんだ。」と幸一が整理した。
「ねえ、そうすると、幸一さんが言うように、まだ終わっていないって言う事なの?」と怜子。
「そうだ。一連の事件は、すべて住職の罪になっているわけだが、万一、何処からか別の証拠が出てこないとも限らない。武井さんは証拠になるものをすべてなくさないといけないと考えているはず。」と幸一。
「残った証拠って、手帳や手紙はここにあるわけだし、証拠といえるかどうかも判らないじゃない。」と怜子。
和夫は小さくつぶやく。
「なあ、祐介や啓二は、事故の時、犯人の顔を見てないかな?」
そう聞いた幸一は
「祐介や啓二が危ない!」と立ち上がった。

3人は病院へ急いだ。
武井は警察官だ。祐介や啓二の意識が回復して、一連の事故の聞き取りだと称して、病室に入り込むことは可能である。これまでの事件を見ても、巧妙に事故に見せかける方法くらい思いつくだろう。せっかく取り留めた命、間に合って欲しいと願い、病院へ急いだ。

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