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7-5.自供 [峠◇第1部]

ケンの喫茶店に着くと、いつもの奥のテーブルに座った。
怜子がケンに、簡単に事情を話すと、ケンは、店先の看板に『本日貸切』の札をかけ、ドアの鍵を閉めた。
「コーヒーでも入れるか。」とケンが言い、店内にコーヒー豆の香りが漂った。

「武井さん、一連の事故と事件、全貌を話してくださいますね。」と幸一が切り出した。
武井は大きなため息を一つついて、
「すまなかった。きっと、君なら気づくだろうとは思っていたが・・本当にすまなかった。」と言った。
その言葉を聞いて、怜子が、
「どうしてこんな事を・・・」と尋ねた。
「見知らぬ青年が村に来た事を、タバコ屋のヨシさんから聞いた。あの夏のようにね。そして、娘と仲良くなりそうだとも聞いた。まるで、26年前の不幸な出来事と同じだと感じてね。今こそ、復讐する時だと思ったんだ。」

幸一は、3通の手紙を取り出した。
「この手紙は、武井さんが作ったものですね。そして、住職に届けたんですね。」
「ああ、1通目は、昭の事故の後に、長年の恨みを晴らす時が来たと知らせるために、私が作って、届けた。」

「昭君の事故も、武井さんが仕組んだ事ですか?」と幸一が尋ねる。
「あれは偶然の事故だった。市場を偶然通りかかった時、楽しそうに話している君達の姿を見た。私もしばらく、市場の隅のほうで飲んでいたんだよ。」
「あそこに居たんだ。」
和夫が少し驚いた様子で反応した。
「夜中近くになって、皆、帰り始めた。昭が君を送って行くからと言っているのを聞いたんだ。私は、幸一君に興味があって、あの後、玉林寺に歩いて向かったんだ。四方橋のところまで来たら、ちょうど、幸一君を寺の前で下ろしたところだった。少し酔っていたからなのか、昭は、私が歩いているのを見つけて驚いたんだろう。急ハンドルを切って、川へ転落したんだ。」
「それで?」とケンがコーヒーを運びながら訊いた。
「川の流れは緩かったから、昭は、すぐに、運転席を開けて飛び出してきた。そして土手を上がろうとしていた。その様子をみて悪魔がささやいた。この事故をきっかけに、復讐を始めようとね。川から上がろうとするところを近くの石で頭を殴りつけたら、そのまま、気絶した。私は昭を抱えて、運転席に座らせた。徐々に社内には水が入ってきて、川の中に沈んでいった。沈んで行く昭を見て、すまない事をしたと思った。でもこれで後には戻れないと決心した。」
「その後、この手紙を住職に?」と幸一。
「そうだ。だが、あいつは動かなかった。」と武井。
「住職が玉谷家の息子だといつ知ったんですか?」と幸一。
「私は、祭の事故は殺人事件だと思って調べつづけていた。そして、順平が生きている事を掴んだ。足取りを探しつづけて、ようやく、香林寺の宿坊にいる事がわかった。そこで、玉林寺の住職をお願いできないかと相談したんだ。」
「じゃあ、玉林寺に住職で来るのも武井さんが・・・」、和夫が割り込んだ。
「そうだ。以前から、香林寺の住職とは懇意にしていたから、雑作ないことだった。」
「祐介さんの事故も、あなたなんですね。」と幸一が話を事故に戻す。
「ああ、あの日、大久保海岸に朝早く出掛けた。司に話を聞くためにね。その足で、祐介の畑に行った。隠れ道のことは、祐介は知らなかった。入口に隠れ、祐介を待った。毎日畑に来る事は判っていた。草刈作業をしていると、音がうるさくて廻りには気づかない。そこを後から襲った。気を失ったので、運搬機に乗せ、エンジンをかけて谷底へ突き落とした。」と武井は説明した。
「そこへ僕が現れたと言う事でしたか・・」
「そうだ。私は慌てて、隠れ道の中へ身を潜めてまったんだ。」
「そう言えば、住職が倉庫のところで祐介君のお父さんと話をしていたのですが・・」
「多分、住職も復讐をはじめるために動き始めたところだったんだろう。ひょっとしたら、あの日、祐志を殺すつもりだったかもしれない。」
「啓二さんの船の事故は?」と怜子が訊いた。
「君達が、大久保海岸に向かう途中推理したとおりだ。前の日に、夜のうちに、船に忍び込んで、ガソリン缶を隠しておいた。」
「でもどうやって?」怜子が続けて訊いた。
「住職と会った時、幸一君の様子をそれとなく聞いた。そして、夕食を作っていると言ったので、それなら、ここの名物の太刀魚を出したらどうだ、啓二の獲ってくる太刀魚なら絶品だと勧めた。案の定、住職は啓二に頼んだ。啓二は翌朝には出漁するはずで、夜中の内に船に忍び込んでおいた。」
「そこまでして啓二に・・・」話を聞いていた和夫が悔しげに言った。
「ガソリン缶を持って船に潜んで、波止場を出たところで、啓二を縄で縛って、沖合いまで連れて行った。船中に、ガソリンを撒いて火をつけた。思いのほか火が強くてね。あっという間に船は燃えてしまったよ。」
「祭の事故は、親父達がやった事じゃないか。昭や啓二や祐介には関係ない!なのに、何故?」
と和夫が悔しさが納まらずに詰め寄った。
「そうだ。関係ない。だが、あいつらは、私の大事なものを奪ったんだ。だから、私もあいつらの大事なものを奪う事で復讐しようと考えた。」
冷徹な目をして武井は話した。
「まさか、玉穂忠之氏も武井さんが?」と幸一が思い出したように尋ねる。昭の父、忠之も数年前交通事故で亡くなっている。
「そうだ。祭の事故の真相を聞き出そうと、酒が好きな忠之を誘っては飲みに行って、少しずつ話を聞いた。剛一郎が全ての首謀者だとわかった時、忠之を殺す事を考えた。泥酔させて事故を起させたんだ。」
「すでに、復讐は始まっていたと言うわけですか・・」幸一は残念そうに言った。

「ねえ、私を突き落としたのも、武井さんなの?」と思い出したように怜子が尋ねる。
「ああ、ちょうど、啓二を殺った後、救命胴衣のおかげで岸まで辿り付けた。そして、見つからないよう崖伝いに登っていって、何とか、岬の上に着いた。濡れたまま村の中を歩けないので、しばらく、岬の隠れ道に身を潜めていた。そうしているうちに、君が岬に現れた。急に、剛一郎への復讐の思いが高まって、これはチャンスだと思った。気づかれないよう近づいて、後から突き落とした。だが、すぐに幸一君がやってきた。海に落ちた事を確認できなかったと言うわけだ。」
武井の言葉を聞いて、怜子は、身震いするほど、あの時の恐怖が沸いてきた。あの窪地がなかったら、今ごろ、どうなっていたか、考えるだけでも怖くなった。

「ご住職を殺したのもあなたですね。」幸一は尋ねた。
「ああ、剛一郎への復讐が終われば、あいつの役割は終わる。昭たちの事故は自分じゃないと自白されたときのことを考えて、予め、殺すつもりだった。なにしろ、あいつが東京の大学へ行ったことが全ての不幸の始まりだったんだからな。」
と、住職-順平-に対して、最も強い憎しみを持っているのがよくわかった。

そこまで話したところで、山本巡査長-駐在-がケンの喫茶店に到着した。怜子が、病院から連絡をしており、数人の刑事らしき人物と一緒だった。

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