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7-6.恋慕 [峠◇第1部]


「武井さん、本当なんですか?」
山本巡査長は、狐につままれたような顔をして、喫茶店に入るなり、訊いてきた。
その後に、2人の刑事が立っている。いずれも、武井の後輩で、戸惑いの表情を見せている。

「今、ひととおり、この一連の事件の経緯を話してもらったところなんです。間違いありません。」
と幸一は、駐在の方に向かって伝えた。そして、武井に向かい直って、
「武井さん、まだ、疑問があるんです。話してもらえますね。」と言った。
武井は、幸一の疑問が何かわかっているような顔で、こくりと頷いた。そして、冷めてしまったコーヒーを一気に飲んだ。

「火事の事だろう。そうだ。玉谷家の火事は、私が火をつけた。」
皆、武井の言葉に唖然としていた。
「あの日、玉谷家には剛一郎が来て縁談の話をしていた。そして、すぐ後に、にしきやが来て借金の取り立てをしたり、養子縁組の話をしたり、和美を弄ぶようなことばかりだった。当時は、駐在所が玉谷家の近くにあったから、すべてわかっていた。」
当時、村の駐在署は、峠道を少し村に入ったあたりにあって、村を出入する人を察知したり、村を様子を一望できる場所に建っていた。関所のような感じであったらしい。元々、古くは玉谷家の仕事であったが、近代になり、警官が置かれたのだった。
「二度目に、にしきやの主人が来た時、もう私は怒りを抑えきれなくて、玉谷家へ飛んで行ったんだ。予想通り、にしきやの主人は、和美と養子縁組するという話を両親としていた。かーっと頭に来て、にしきやの主人を殺してやろうという衝動が湧いた。・・・・・気が付くと、包丁を手にしていた。玉谷の奥さんが、やめなさいと止めに入った時、持っていた包丁が胸に突き刺さった。にしきやの主人は、それを見て、慌てて逃げていったよ。その後、玉谷のご主人も刺した。殆ど抵抗しなかった。それから、土間にあった灯油を撒いたところで、剛一郎がやってきた。私は、とっさに火をつけて隠れた。後は、剛一郎が話したとおりだよ。」
「なんて酷いことを。どうしてそこまであなたがしなければならなかったんですか。」
幸一は訊いた。
「それは、和美への想いだよ。私は、警官になって、村の駐在でやってきたばかりの頃、当時、まだ中学生になったばかりの和美を見た。暗い峠道が怖くて困っていた。家まで送ってやった。それから、学校帰りには必ず駐在所に立ち寄っては、学校の事、友だちの事、いろんな話をしてくれるようになった。中学校を卒業し、高校に入り、どんどん大人になっていく和美を見ていると、いつしか、自分の嫁にしたいと思うようになったんだ。」
武井は、昔を懐かしむように、思い出話をした。

「そうだよ。和美を嫁にしたいと思っていたのは、剛一郎だけじゃない。私だって、いや、私のほうがずっと和美を守ってきたんだ。なのに、剛一郎達は・・・。それに、順平も、自分勝手に東京に出て行って、・・・健一なんて奴を紹介しやがって・・・みんなで、和美の人生を踏みにじって・・・だから、全て、許せなかった。平和で何もない村なのに、皆、口を閉ざして、都合の悪い事には目をつぶって・・・だから・・・だから・・」
武井は、長年積み重なってきた、和美への想いと同じくらい、いやそれ以上の深い恨みを一気に吐き出した。そして、うなだれたまま、動こうとはしなかった。
皆、一通りの話を聞き、武井の抱えていた和美への恋心と村への憎しみの深さを理解し、それ以上、何もいえなかった。
しばらく沈黙が続いたが、
「武井さん、あとは詳しく署の方で伺います。ご同行願います。」
1人の刑事がそう言って立ち上がった。山本巡査長が促すように武井の肩に触れると、武井は、そのまま椅子から崩れ落ちた。
「武井さん!武井さん!」呼んでも返事がなかった。
武井は、喫茶店に入ってから、何か毒物を飲んでいたらしく、すでに絶命していた。


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