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2-5-5:戸惑い [峠◇第2部]

騒ぎの翌日、和美も鉄三も姿が見えず、村田屋の主人と奥さんは、戸惑いを隠せなかった。

 昨夜の騒ぎの後、寝室に戻った主人夫婦は、布団に入りながらなかなか寝付けなかったのだった。
奥さんは、騒ぎの最中で和美に対して言った言葉が、自分でも思いもしないほど冷徹なものだったと後悔していた。これまで幸一のために骨身を削ってきた和美に対して、ひどい言葉を投げてしまったと後悔し、朝には撤回しようと考えていた。つい、勢いに乗ってしまった自分を恥じていた。
 主人は、あの騒ぎはアキと光男の謀だとわかったが、それ以上どうする事もできなかった自分の不甲斐なさを悔いていた。何故もう少し真相を追究しなかったのか、そうすれば、救われる道もあっただろうと考えていた。

そして、朝になって、和美が荷物を持ってまだ明け切らぬ内に家を出て行ったことに胸を痛めた。そして、きっと信じてもらえなかった悔しさを抱えた鉄三も、どこかへ行ってしまったと思っていた。

夫婦は、会話もせず、事態を受け止めるのが精一杯だった。主人は、港周りを聞いて回った。そして、バス会社や駅にも問い合わせをしてみたが消息は掴めなかった。
そして、それ以上どうしようもなく、無言のまま、食堂の椅子に腰掛けていた。

7時を回った頃、鉄三が現れた。小さく挨拶をして、黙々と厨房の仕事を始めた。
ご主人はどう声をかけてよいか戸惑いながらも、
「なあ、鉄三。和美さんが居ないんだ。」
と言った。鉄三はびっくりして振り返った。まさか、そんな急に出て行くなんて信じられなかった。確かに、夕べの奥さんの言葉はきつかったが、幸一のことを考え、じっと耐えていてくれるものだと思っていたからだった。
「え?居ないんですか。どこかへ用事で出てるだけじゃ・・」
「いや、さっき部屋に行ってみたんだが、荷物が無いんだよ。明け方に出て行ったようだ。」
ご主人は肩を落として言った。
「俺、辺りを探して・・」
「いや、さっき、港周りは聞いてみた。金物屋の主人が、早朝カバンを持って橋を渡っていく和美をみたそうだ。バスが無かったから歩いていったんだろう。その後はわからない。」
「なんて事だ。どこに・・・行くあても無いだろうに・・駅には?」
「ああ、さっき問い合わせたんだが、そういう女性は見てないそうだ。バスにも乗っていない。橋を渡った辺りで消えてるんだよ。」
「なあ、銀二は何か知らないだろうか?」
「ああ、兄ちゃんなら、朝、浜で会いました。漁から戻ったところでした。そのまま家に戻ったはずです。和美ちゃんを見たのならそう言うと思います。」
「そうか・・なあ・・どうしたものだろうか?」
鉄三にも答えは見つからなかった。
それよりも銀二に言われた言葉を思い出した。銀二はこのことを予想していたんだとやっと意味がわかった。そして、自分の愚かさを嘆いた。

脇に居た奥さんが口を開いた。
「どうしましょう。和美ちゃんに謝らなくては・・ひどい事を言ってしまったわ。感謝しても足りないくらいなのに・・私、どうしたら良いの?」
奥さんはご主人にすがって泣いている。

そんな中に、寝ぼけ眼のアキが現れた。
「あら、みんな集まってどうしたの?え?姉さん?何泣いてるの?」
「ああ・・アキ、和美ちゃんが出て行ったんだよ・・・」
「へーえ、良かったじゃない。じゃあ、あの部屋、私たちが使うから。」
あっけらかんとそう言って、アキは母屋のほうへ戻って行った。
「なんて人だ。」
そう吐き捨てるように鉄三は言った。そして、
「女将さん、旦那さん、きっと大丈夫です。和美ちゃんは戻ってきます。幸一を手放す事なんてないはずです。」
「だと良いんだが・・」
ご主人が呟いた。

離れに戻ったアキは、布団の中に居る光男を揺り起こした。
光男は、「なんだい・・」と不機嫌そうに返事をしたが、まだ、起きようとはしなかった。
「ねえ、あんた!和美が出て行ったってさ。作戦通りだよ。」
その言葉に、光男は目を開けた。
そして、くるっとうつ伏せになると、手を伸ばしてタバコを取り、火をつけた。
伸ばした腕には、まだ色の入っていない墨色の刺青が入っていた。
「そうか。第一弾は成功ってとこか。じゃあ、次だな。鉄三をどうするか?なあ、赤子はどうすんだい?」
「え・・そうね。まあ、私たちには子どもが居ないんだから、そのまま養子にするってのもどう?」
「俺はいらねえよ。まあ、この店を貰っちまったら、金に替えて、借金を返して、どこか海外にでも行こうぜ。子どもなんて邪魔なんだよ。そこらの施設にでも入れちまおうぜ。」
「そんなあ・・可哀想じゃないか。」
「バカヤロウ!可哀想なんていってる場合かよ。早くしねえとこっちの命が危ないんだ。子どもなんて育ててる暇ねえんだ。」
「わ・・わかったわよ。でも、鉄三を追い出しても、義兄さんがさあ・・」
「大丈夫だ。それはもう考えてある。毎日のように船に乗ってるだろ。俺も手伝うのさ・・三途の川を渡る船を出すのさ・・」
と言ってにんまりした。アキは、背筋が凍る思いをしながら、光男に抱きついた。そのまま、二人は布団の中に入った。


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