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2-5-6:しかえし [峠◇第2部]

その日の夕方、銀二が村田屋に来て、鉄三を呼び出した。
鉄三は、和美が出て行ったことを銀二に話すと、銀二は、鉄三をまた殴りつけた。
「何でお前はそうなんだ!」
何度も何度も殴りつけた。
「兄ちゃん、ごめん。」
鉄三も殴られるたびに謝った。

ひとしきり殴った後で、
「それで、和美ちゃんの居場所は?」
「それが判らないんだ。橋を渡ってからの足取りがわからないんだ。見かけた人も居ないんだ。」
「そうか。どうしたもんかな?」
「誰かに連れて行かれたとか・・まさか・・悲しくて自殺・・」
「バカか!そんな事あるかい!どんな事があっても死んだりなんかしねえ。きっと無事にしてるさ。まあ、俺も知り合いを当たってみるから。それより、光男ってやつは、まだいるんだな?」
「ああ、和美ちゃんが出て行って、部屋も離れから母屋へ移ってきてる。幸一もそのまま連れてる。」
「そうかい。なあ、光男を呼び出せないか?波止場まで来させてくれないか?」
「どうやって?」
「うーん、何でも良いんだ。・・そうだな・・・ああ、夜釣りはどうかって、兄ちゃんが誘ってるとか・・いや、夜釣りを理由に、良いとこに行こうって・・キャバレーでもって言ってみな。良いな。ほれ、あそこの灯台の下に居るからな、良いな。」

そう言って、銀二は波止場に向かった。
「兄ちゃん、荒っぽい事、しなきゃ良いけどな・・」
と鉄三は心配しながらも、光男を誘い出す事にした。

波止場に居る銀二。
実は、アキたちが来てからしばらくの間、光男の名前を手がかりに、素性を調べていたのだった。
どう見ても堅気の人間ではないと思い、銀二の昔の不良仲間を通じて、その筋の人を紹介してもらった。
徳山の町にいる勝次という男が「浜田光男」を探して居るというのがわかり、早速、会いに行った。
徳山の歓楽街で、薄暗いスナックバーで銀二はその男と会った。
山田勝次と名乗る男は、広島で金貸しと賭場をやっているという。
その男が言うには、浜田光男が博打で借金を作った。最初は、すぐに返済していたが、徐々に大金になり、返せなくなって行方を晦ましたと言うのだ。女と逃げたと聞いたらしく、山田勝次も『アキ』という名を頼りに、徳山まで来たそうだった。居場所を知っているなら教えろと凄まれたが、銀二は、『アキとその家族は関係ない。手出ししないと約束するなら引き合わせる』と交換条件を出した。勝次も、『堅気には手は出さない。金よりも行方を晦ました光男は仁義を欠いた以上、五体満足には済まさない。それは承知しろ』と条件を出してきた。『光男がどうなろうと知った事じゃない』と条件を飲んで、港まで案内してきたのだった。

鉄三が、思案しているところへ呑気な顔で光男が現れた。そして、
「おい、鉄三!ビールは無いか?すぐ持って来い!」
と、まるで自分の子分といわんばかりに命令した。
この機会とばかり、鉄三は切り出した。
「ここで飲んでいても辛気臭いでしょう。さっき、兄が来て、町へ飲みに出るがどうだと誘ってきたんです。なんでも大漁だったようで、結構、懐具合は良かったみたいだから・・きっと、一番のキャバレーにでも行くんじゃないでしょうか?良かったら、どうです?」
「ほう、良い話じゃないか。だが、俺はお前の兄さんからはあまり好かれてないんじゃないか?」
「何言ってるんですか?兄は結構飲んで出来上がってましたから、大丈夫ですよ。そこに居るからお願いしてみますよ。ほら、行きましょう。」
「そうかい?まあ、そういうなら、ここに来てから、何の楽しみも無かったからな・それじゃ行くか。」
「さあさあ」
鉄三は、自分でも口が巧くなったと自己嫌悪を起こしそうになりながら、光男を波止場に案内した。

「おう、鉄三!良く連れてきた。」
銀二はにんまりと笑った。鉄三は返事もせず、走り去った。
「どういうことだ?何だ、お前が銀二だな。良い所へ連れて行ってくれるんだろう?」
「ああ、良い所に連れて行ってやるさ。だが、俺じゃない。連れて行ってくれるのは、この人さ。」
波止場の水銀灯の柱の影から男が現れた。そして、
「おい、光男!久しぶりじゃねえかい。元気だったかい?」
件の山田勝次が凄むような声で言った。
光男はその場に座り込んだ。逃げる風でもなく、もう観念したような面持ちだった。
それを見て、銀二は、
「悪いことはできないな。良い所に連れて行ってもらいな!」
と吐き捨てるように言った。
「おい、銀二とかいったな。お前、見所がある。また何か困った事があったら、頼ってきな。何でも解決してやるからな。」
勝次はそう言いながら、光男を引っ張って行った。橋の辺りに、黒い車が数台停まっているのが見えた。勝次が近づくのが見えると、若い奴らが数人、車から飛び出してきて、一斉に頭を下げる。そして、光男を何発か殴ってから、車に押し込んで走り去った。

度胸は人一倍あるつもりの銀二も、その光景を見て、背筋が凍りついた。あの後の光男の運命を考えると、少しひどい事をしたかなと反省した。ただ、光男が和美にした事を考えると、自分が殴ってやりたい気持ちのほうが大きく、自業自得だろうと納得した。

事が終わって、銀二は村田屋に行った。店に入ると、アキが居た。
「ねえ、銀ちゃん、うちの人知らない?」
すいぶんいいタイミングで呑気に訊いてきた。
「ああ、光男さんなら、さっき、橋のところで勝次っていう人と一緒に居たよ。高級そうな黒塗りの車に乗せられて、なんだか、『覚悟しろ』とか『これで終いだな』とか凄みのある声も聞こえてたなあ。」
と敢えて、丁寧に状況を説明してやった。
アキの顔から血の気が引いていくのがありありとわかった。そして、急に、
「ほ・・ほら・・夜も遅いから、カーテン閉めて。」
と言いながら、手が震えている様子だった。そして、
「もう居ないの?」
と小さく訊いてきた。
「え?アキさんも用事が?じゃあ、もう一度呼んでこようか?」
「いいわよ。・・・ねえ、その・・勝次さんていう人、あなた、知ってるの?」
「ああ、友達になってね。今度また、困った事があったらすぐに連絡しろ、若いもんをすぐに遣すからって。」
「な・・なんて人なの!」
そう言うと、アキは身震いしながら、そそくさと奥へ引っ込んでいった。

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