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2-5-8:大切な事 [峠◇第2部]

大木医師からの電話で、和美の居場所がようやく判明した。
鉄三は、村田屋の皆に伝えるべきか迷い、とりあえず、銀二にだけは知らせようと、銀二の家に急いだ。

「兄ちゃん、和美の居場所がわかったよ。」
そう言って、銀二の家に入ると、銀二と直子とセツさんが居た。
「え、何?わかった?そりゃ良かった。ちょうど、今、皆で和美の行きそうなところは何処か思案していたんだ。で、どこに居たんだ?」
「ああ、ほら・・問屋口にある大木総合病院だよ。」
「病院?怪我でもしたのか?大丈夫なのか?」
「いや、怪我とかじゃなくて、詳しくは聞いていないんだが、とにかくそこに居るんだ。」

直子とセツさんも、その話を聞いて、胸をなでおろした。
和美が村田屋を出て行った話を銀二から聞いて、二人のところのどちらかに来るだろうと思っていたのが、どちらにも現れず、二人ともたいそう心配していたのだった。

「俺、明日、迎えに行ってくる。」
鉄三が言うと、直子もセツさんも、それがいいと賛成した。だが、銀二は、
「おい、迎えに行ってどうするつもりだ?」
と聞いた。
「どうするって、そりゃあ、村田屋に連れ戻すのさ。」
「連れ戻してどうする?」
「また、幸一の世話をしてもらって・・・」
「お前はバカか!アキが幸一を手放すわけ無いだろ。それに、村田屋だって、一旦は追い出したんだ、すぐに戻っても、すんなり前のように居られると思うのか?」
「じゃあ・・どうすればいいんだよ。」

直子も口を挟んだ。
「そうね。確かに、『はい、そうですか』って簡単に元の鞘には納まらないでしょうね。かといって、私のところにも部屋が無いしね。」
セツさんが、こう言った。
「なら、うちへ連れておいで。うちならいくらでも居られる。それに村田屋も近いからね。鉄三が、幸一をうちへ連れてくるようにしてやれば、和美ちゃんも少しは楽になるだろう。」
「それだ!迎えにいって、セツさんの家に住まわせる。時々、おれが幸一を連れ出してくれば・・」
と鉄三がいい考えだと賛同した。しかし、銀二は
「まあ、そんなに先走るなって。一番大切なことは何か、よっく考えろ。」
「一番大切なこと?」
「そうさ。今までの事をよく思い出せ。」
「今までって言ったってさ。村田屋に来る前のことは知らないし・・」
「ああ、そうか。」

銀二は、これまでのいきさつを鉄三は知らない事に気がついた。どうしたものかと考えていると、
「もう、全て鉄三にも教えてやりなよ。その方がこれからきっと鉄三も楽になる。」
とセツさんが銀二に促した。
「そうだな・・あのな、銀二。よく聞けよ。」

そう前置きしてから、和美を救った事、銀二の家やセツさんの家で過ごしていたこと等を話してやった。

鉄三は、兄の口から出てくる話に驚き、悲しみ、深く考え込んでしまった。そして、
「じゃあ、兄ちゃんはずっと和美のことを知っていたんだね。なのに、素知らぬ顔で・・時々、兄ちゃんが和美のことで急にムキになる事があったのはそういうわけだったんだ。」
「バカ!ムキになってない。心配なだけだ。それに、あの娘には絶対幸せになってもらいたいんだよ。それだけだ。」
「じゃあ、大切な事って何だよ?」
「まだわからないのか?」
銀二はあきれた顔で言った。そして、
「誰しもそうだが、自分の人生、自分で決めたように生きられるのが何より幸せってもんだ。だが、和美は、今までそういう事が出来なかった。命まで落としかけたんだ。ようやく、幸一を育てたいって自分で決めて、村田屋に来て、ようやく生きている実感があったはずだ。なのに、追い出された。これ以上は傷つきたくはないはずだ。明日、お前が迎えに行っても、簡単には了解しないだろう。幸一に会いたい気持ちは募っていても、村田屋との諍いで、また傷つく事がわかってる。そんな所へ戻る勇気はないはずだ。だからな。迎えに行くというよりも、今の和美の気持ちをしっかり聞いてやるんだ。」
「そうか・・・和美がどうしたいのかが大切なんだね。」
「そうだ。大きな病院に居られる事で、和美が幸せならそれでも良い。和美の人生なんだからな。」
「わかったよ。とりあえず、明日は顔を見てくる。」
そう聞いていた直子が、
「そうだね。和美ちゃんがどんな気持ちかが大切ね。それとね、鉄三さんにも大切な事があるはずでしょ。それもよく考えた方がいいわよ。」
「どういうことですか?」
「和美ちゃんと会ったら、自分の胸の中に大切なものがあるって気付くはずだから。よく考える事ね。」
セツさんもその話を聞きながら、にこにこしている。
銀二は、最初、直子の言っている事が良く分からなかったが、直子とセツさんが目を合わせ、ニコニコしている姿を見て、ようやくわかった。ただ、その言葉が、自分の心の中にも響いているのを感じて、無性に辛かった。

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