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2-6-3:決心 [峠◇第2部]


龍厳寺を出た鉄三は、まっすぐ兄の家に向かった。
住職と話をして、今まで心の中でもやもやしていたものがすっきりとして、ひとつの決心を固めていた。

「兄ちゃん、居る?」
銀二は、台所で食事の支度をしていた。
「おお、鉄三。和美はセツさんのところに居るんだってな。どうだったんだ?」
「その事で、兄ちゃんに相談したいことがあって。」
「何だ?まあ、座れ。おお、飯食うか?雑魚ばかりだが、さっき獲れたのを醤油で煮付けてるんだ。お前の料理にはかなわないとは思うがね。」
「ああ・食べるよ。」

二人は久しぶりに一緒に食事をした。
兄の作った食事は予想以上に美味しかった。微かな記憶の中ではあるが、幼い頃に母が作ってくれた料理の味に似ていた。

「なあ、兄ちゃん。もうすぐ1周忌なんだよ。」
「ああ、そうだな。・・何だか早いなあ。・・・ということは、幸一の誕生日だな。」
「うん。そうなんだ。実は今日、龍厳寺に行ったんだ。」
「ああ、法事の相談か?まあ、あの住職なら、大丈夫だ。ちゃんとおつとめをしてくれるだろう。それより、村田屋だな。まあ、余計な奴は居なくなったから、良いとは思うが・・・・」
「なあ、法要ってどうしてやるのか知ってるかい?」
鉄三は、住職に訊かれた質問を、そのまま銀二にぶつけてみた。
「そりゃあ、残ったものが元気ですよって報告するために集まるんだろ?」
銀二はあっさり、住職の教えを答えた。
「ちょっと・・兄ちゃん、どうしてそれを?」
「どうしてっていわれてもなあ。・・・人はみな死ぬと仏になって天国に居てみんなを見守ってくれてるんだ。だから、法事にはみんな集まって元気に生きてるから安心しろって報告するために、経を唱えるんだろ。」
「だから、どうしてその事を知ってるんだい?」
「どうしてって・・・・・・おう、そうだ。・・・昔、お袋に聞いたんだ。お前は小さかったから覚えていないだろうがな。お袋はいよいよダメだなって時に、枕元でこう言ったんだ。葬式でも泣いちゃダメだ。母さんは死んだら仏になって天国から見てるから、ちゃんと生きるんだよって。法事なんて、身内でやればいい、みんな元気に生きてるぞって天国にいる母さんに教えてくれれば良いんだからってな。」
「そうだったんだ。」
「だから、俺はずっと毎年、お袋の命日には、酒と肴を持って墓参りして、墓の前で酒飲みながら楽しくやってるんだよ。裕子さんもきっと悲しい顔より幸せな顔を見せてくれって思ってるんじゃないか?」
「そうだね。同じ事を龍厳寺のご住職にも言われたんだ。」
「へえ、そうかい。なら、1周忌の時、一緒に、幸一の誕生会をやっちゃどうだい。」
「でも・・どうかな・・村田屋のご主人がなんていうか。」
「まあ、いいじゃないか。それなら、法事が終わってから、幸一をセツさんのところへ連れて来い。和美も居るんだし、俺たちで楽しく誕生日を祝ってやろうじゃないか。」
「ああ・・そうだね。」

何だか、鉄三は力が抜けた感じがした。いろいろと悩んで、住職に諭されて、ようやく決心してきた事を銀二はあっさり、こともなく決めてしまう。法要の意味だって、教えてやろうと意気込んでいたのに、素っ気無く答えてしまって、やはり兄ちゃんだなと感じていた。
ただ、鉄三にはもうひとつ、もっと重大な決心があった。その事は兄も見透かしては居ないはずだった。そして、兄がどういう反応をするのかまったくわからなかったので、なかなか言い出せなかった。

「兄ちゃん、酒はないのかい?」
鉄三は、酒の力を借りて、決心を伝えようと思った。
「あ?一応、あるにはあるが・・最近、あまり飲んじゃいないからな。まあ、いいか。」
そう言って、台所に行き、あちこち探していた。
「なあ、焼酎でも良いか?ちょっと待て、せっかくなら、浜に出て、夜空でも見ながら飲もうじゃないか。それに、つまみに刺身でも作ろう。まだ、魚が残ってるからな。」
銀二はそう言うと、コップと焼酎の瓶を、先に鉄三に渡して、台所で魚をおろし、刺身を作り始めた。
鉄三は、焼酎とコップを持って、浜に出た。銀二の家の前には、網を繕う為にござが敷いてあった。そこに座って兄が来るのを待った。

刺身の皿を持って、銀二が浜に出てきて座った。夕食の間に、日は落ちて、辺りは真っ暗だったが、月夜で気持ち良い風が吹いている。遠くに、玉浦の山影や姫島が見えている。

鉄三はコップに焼酎を注いで、一気に飲み干した。そして、
「兄ちゃん、俺、決めたんだ。和美ちゃんを俺の嫁にする。」
銀二は、コップに焼酎を注いでいたが、ぴたっと止まった。そしてそのままじっとしていた。
「ご住職も言っていた。幸せになる事が裕子への供養だって。いつまでも裕子の事を考えていても、幸一だって幸せにはなれない。幸一を幸せにするのが裕子への供養だ。それなら、母と信じてる和美ちゃんに本当の母親になってもらうのが一番だ。裕子には済まない気持ちはあるが、和美ちゃんを嫁にして、家族になる。どうかな?」
鉄三は、一気に決意した中身を銀二に告げた。

銀二は、鉄三の言葉を聞いて、しばらく思考が停止したかのように動かないままだった。いや、鉄三の言葉をどう理解し、どう反応すべきなのか、必至に考えていたのだった。

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