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2-6-4:銀二の想い [峠◇第2部]

ちょうど、その頃、和美は、セツさんの家の窓から、夜空を見ていた。
すると、銀二の家のほうから、話し声が聞こえてきた。銀二が居るのだとわかると、逢いたい衝動に駆られ、急いで、銀二の家に行ってみた。
話し声は、浜のほうからしていた。
家の外側を回って、銀二が修理した風呂場のところまで来た時、和美は、銀二と鉄三が何か真剣な話をしている様子を感じ取って、風呂場の木戸の影にそっと身を潜めた。静まった夜に二人の話し声はよく聞こえた。

鉄三の「決心」を聞いて、銀二は戸惑い、どう返してよいのかなかなか答えが見つからなかった。

何も言わず考え込んでいる銀二の様子を見て、鉄三は、
「兄ちゃんと和美ちゃんの事は、この前、聞いてわかっているつもりだ。だからって訳じゃないけど、和美ちゃんの身の上を考えても、そうするのが良いんじゃないかって考えたんだ。」
銀二はまだ、答えに困っていた。

「もう1年近く、そばに居たんだ。今では和美ちゃんが居ない毎日は考えられない。亡くなった裕子には申し訳ないけど、今、俺は和美ちゃんに惚れてる。大木病院に居るって聞いた時から、いや、ここで、直子さんたちに『あなたの心に中にも大事なものがあるはず』と言われてから、この気持ちに気づいたんだ。」

銀二も、直子のその言葉を聞いた時、胸の奥のほうに何か刺さったような感覚を覚えていた。確かに、銀二の中にも、和美を愛する気持ちが芽生えていたはずだった。いや、銀二の中には、和美を海から救い上げ、ここに置いていた頃から、自分だけの女神を見るような気持ちがあったはずだった。そして、それは、誰にも渡したくないという思いであったはずだった。

「俺は、和美ちゃんを、幸一の母として、おれの嫁として、大事にする。幸せにする。命に代えても守っていく。そう決心したんだ。兄ちゃん、わかってくれよ!」
鉄三は、じっと銀二の目を見て、懇願するように話した。

風呂場の影で聞いていた和美は、鉄三の言葉に驚いた。
確かに、1年近く村田屋に居て、幸一を挟んで、何かと一緒に居る時間はあった。だが、それは母親代わりとして幸一を育てる自分には、ごく普通のことだった。鉄三に対して恋心など感じた事もなかった。
何よりも、和美の中には、銀二を慕う気持ちが強かった。幸一とともに生きることが出来ないなら、せめて、銀二の傍に居たいと願い、大木医師の厚意も振り切って、ここに帰ってきたのだった。
和美も、銀二がどういう答えを出すのか、何か祈るような想いで、銀二の答えを待った。

銀二は、答えを探しながらも、和美の気配を近くに感じていた。そして、すぐ傍に和美が隠れている事に気づいた。
そして、一息置いて、コップの中の焼酎を飲み乾すと、ゆっくりと口を開いた。

「お前の気持ちはよくわかった。」
それが、ようやくひねり出した銀二の答えだった。
「じゃあ、認めてくれるんだね。」
鉄三が返すと、銀二は、
「そう、急ぐんじゃない。お前はいつもそうだ。良いか、よく考えろ。俺が良いって言ってどうなる?お前の決心はわかるが、大事なのは、和美がどうしたいかじゃないのか?」
そう言われて鉄三も、頭に上った血液が下がっていくような感覚を感じていた。

「なあ、鉄三。お前の決心は、まだ和美には伝えてないんだろう。」
「ああ、まだ、これからだよ。」
「じゃあ、どうしようもないじゃないか。和美が了解してくれなければ何も始まらない。」
「それはそうだが・・でも・・兄ちゃんにとって、和美ちゃんは、大事な人なんじゃないのかい?」
「それは・・もちろん、幸せになってもらいたいと思ってる。せっかく取り留めた命だ。辛い思いもしてきた。だからこそ、幸せになってもらいたいと思う。」
「じゃあ、兄ちゃんの嫁さんにしようって考えてはなかったのか?」
鉄三に心の中を見透かされたような質問をされ、銀二は動揺したが、
「馬鹿言え!俺と和美じゃ、年も違いすぎる。それに、俺なんかと一緒に居たって幸せになんかなれない。明日もわからない暮らしじゃあまりにもかわいそうだ。もっとちゃんと生きられるようにしないと・・・・」
そう言って、あっさりと否定した。

「でも、和美ちゃんが兄ちゃんと一緒に居たいって言ったら?」
「しつこいぞ。そんな事あるはずない。ここじゃ、まともな暮らしは出来ない。それに、もし、そんな気持ちを持っていたって、俺は断る。不幸になるだけだし、俺はあいつの命を救っただけで、人生まで背負い込むほどの気持ちはないさ。俺の気持ちとかじゃなくて、お前は、まず、和美の気持ちをしっかり受け止める事が必要なんだ。」
そう言って、刺身を口に入れて焼酎で流し込んだ。
そして、ちらっと和美の隠れている風呂場のほうへ視線を投げたのだった。

和美は動揺した。銀二の言葉がショックだった。そのせいで、銀二が自分の存在をわかって、わざわざ言い聞かすように話したことには、気づかずにいた。
和美は、一通りの二人の会話を聞いてしまい、今度は自分に答えが求められる事を悟った。
和美は動揺を抑えきれないまま、セツさんの家に戻っていった。

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