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2-6-5:兄弟 [峠◇第2部]

しばらく、沈黙が続いた後、ふと銀二が口を開いた。
「なあ、鉄三。一緒になるっていうが、その先のことはどう考えてるんだい?」
「その先って?」
「仮にだ。和美が承諾したとして、お前と幸一と一緒に暮らすとなれば、村田屋にいるわけにはいかないだろう。」
「え?どうしてだい?」
「どうしてって。お前は村田屋の娘と結婚したから、あそこに居られたんだろ。和美と所帯を持つなんて、村田屋の夫婦が承諾するとは思えない。幸一は、裕子の子ども。村田屋にとっちゃ、大事な孫になる。いくら、世話をしていたからっていっても、嫁となれば話は別だ。それなら、幸一を置いて、出て行けって事にもなりかねない。」
「そうか。アキさんも居るし、すんなり承諾してくれるわけはないか。」
「村田屋を追い出され、幸一も居ないんじゃ、お前と夫婦になる理由がないじゃないか。」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「なあ、鉄三。さっき、お前は和美を幸せにする、一生守るって言ったよな。だったら、どうしたら和美が幸せになれるのか良く考えろ。そして、お前に何が出来るのか、よく考えるんだ。ただ、惚れたから一緒になりたいってのは、独りよがりの考えだ。天国の裕子さんだって、それじゃあ納得しない。」
「そうか・・・うん。そうだね。」
鉄三は、銀二に言われ、自分の浅はかさを痛感した。

「良いか、鉄三。お前は、和美も幸一もちゃんと生きていける方法を考えなくちゃダメだ。みんなで暮らすには、それなりの稼ぎが必要だ。今の世の中、金がなくても良いなんて暮らしはできねえ。」
「ああ、もちろん、身を粉にして働くつもりだ。」
「働くっていったって、どこで働くつもりだい?」
「そりゃあ、村田屋・・いや・・どこか働けるところを探すさ。」
「何か、当てはあるのかい?」
銀二にそう問われて、答えに困った鉄三は、少し投げやりになって答えた。
「そりゃあ、今はないが、しっかり探せばなんとでもなるさ!」
「何とかなるって・・」
「ほら・・今、徳山なんかはさ、コンビナートとかいうのが出来るっていうんで、景気も良いし、港の仕事なら体さえ丈夫ならできるしさ。」
「お前はダメだなあ。料理人になりたいって言ってたじゃないか。お前は夢を捨てるのか?それで、和美も幸一も幸せになれると思うのか?大体、港の仕事を甘く考えてるだろ?そういうのはダメだ。お前も和美も幸一もちゃんと生きる道を探すんだ。」
「そんなこと言ったって、何の当てもないじゃないか。村田屋にいたって大した料理人にはなれないし、もう諦めるさ。」

投げやりになっている鉄三を見ながら、銀二は、言い聞かせるように話した。
「まあ、いいさ。裕子さんの1周忌まではまだ日がある。それまでにしっかり考えるんだ。どうしたら良いかをよくよく考えるんだ。そして、和美に話すのは、1周忌が終わってからにしろ。それは、裕子さんへの供養だからな。」
「わかった。必ず、幸せにする方法を考えるよ。」

「なあ、鉄三。俺は、時々考えるんだ。幸せっていうのはどういうことかってな。お前はどうだ?」
「いや、よくわかんない。・・・そういう兄ちゃんは、今、自分は幸せだって思ってるのかい?」
「どうだろうな。・・・こんなオンボロ小屋にひとりで住んでいて・・金もない、その日暮らし・・なんて不幸なんだって思う人もいるだろうなあ。」
「そう言えば、和美を迎えにいった大木病院。すっごくでかい家で、お手伝いさんもいて、立派な暮らしだったなあ。羨ましい限りだったね。きっと、和美も、あそこなら、何不自由なく暮らせたはずだな。あれも幸せな生き方だったかもしれないね。」
「そうだろうな。でも、和美はそんな暮らしが幸せだとは思わなかった。だから、ここへ戻ってきた。どうして戻ってきたんだ?」
「そういえば、幸一に会いたいって・・・」
「じゃあ、幸一が傍にいれば幸せになれるのか?」
「そうじゃないっていうのかい?」
「俺は違うと思う。傍に居るだけじゃダメなんじゃないかってな。」

鉄三は、銀二の話を聞いていて、昼間、龍厳寺の住職と交わした禅問答のようなやり取りを思い出していた。
「じゃあ、兄ちゃんは何が幸せだって考えてるんだい?」
「まあ・・それは、お前が考える事だろう。」
銀二は、そう言って、立ち上がり、片付け始めた。鉄三も、コップや皿を台所に運んで、一緒に洗った。

一通り綺麗になったところで銀二が、
「明日、朝早く出掛けなくちゃいけない。そろそろ寝るとしよう。」
「俺も、明日は仕込みがあるから、帰るよ。」
「そうか。・・・ああ、鉄三、俺、しばらく留守にするからな。そうだな、1周忌の後くらいには戻れると思う。よく考えて、和美ともじっくり話し合うんだぞ。帰ったら、また、話をしよう。」
「わかった。じゃあ、おやすみ。」

鉄三は、銀二の家を後にした。通りを歩いてすぐのところにあるセツさんの家の前で、一旦、足を止めたが、まだ、和美に話すべきときではないと考え、また歩き始めた。

鉄三は、暗い夜道を歩きながら、銀二の言葉をひとつひとつ思い出していた。
兄は誰よりも和美の幸せを願っている。和美もおそらく兄とともに生きたいと願っているだろう。しかし、兄はそんな和美の思いを気づいていながら、敢えて、そうではない生き方を望んでいる。自分の決意を聞いた兄が、鉄三と和美と幸一の幸せを考えた末の言葉に違いない。そして、この先は、自分自身に全てが委ねられたのだと理解した。


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