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2-7-1:貨物船山陽丸 [峠◇第2部]

 翌朝、銀二の姿は、徳山の港にあった。知り合いを尋ね、港湾事務所にいた。
「やあ、銀二さん。お久しぶりです。お元気でしたか。」
ヘルメットを被り、灰色の作業着姿の男が、銀二に挨拶をしてきた。名札には、港湾監督官の肩書きが付いていた。
「ああ、おはようございます。済みません、突然お仕掛けて、お願い事に来てしまいました。」
「いえいえ、良いんですよ。で、ようやく、何か、私にお返しできる事が見つかりましたか?」
少しおかしな質問の仕方だった。
「そんな!・・申し訳ありません。・・ちょっと用事で名古屋に行きたくて。でも、せっかくなので、貨物船の仕事をさせてもらいながら、乗せていってもらえないかと思いまして。」
「え?名古屋に。なら、客船で行けばいいじゃないですか。席なら私が手配しますよ。」
「いえ、そんなのは分不相応です。のんびり旅行ってわけじゃないんです。できれば、機関室の仕事を手伝わせてもらって、ついでに乗せてもらえればいいんです。ダメでしょうか?」
「本当にそれで良いんですか?・・それなら、もうすぐ出航する船は何隻かあるにはあるけれど・・・そうだ・・山陽丸の船長に頼んでみましょう。あの船なら、機関長も知り合いですから・・・一緒に行きますか?」
「はい。」
そういう会話を交わすと、二人は、埠頭桟橋へ向かった。途中、二人は、思い出話をした。
「あの時は助かりました。本当にありがとうございました。」
監督官が改めて礼を言っている。
「いえ、とんでもないです。ちょうど居合わせただけです。それに、この海で不逞な事をするのは見過ごせないですから。」
ちょうど2年ほど前に、銀二が、徳山の港に遊びに来た時、不審な漁船を見つけた。どうやら密輸をしている一味の船らしかった。その事を港湾事務所に通報し、船も追跡して、未然に犯罪を止める事ができた。その時の縁で、港の監督官とは懇意にしていたのだった。

「さあ、この船です。ちょっと待っていてください。」
監督官はそう言うと、桟橋を渡って、船の中に入っていった。10分ほどして、船から出てきて、
「OKだそうです。機関長も手伝いが欲しかったからと言っています。」
「ありがとうございました。」
銀二は礼を言って船に乗り込んだ。すぐに、機関員らしき男が銀二のところに来て、機関室に案内してくれた。

「済みません。お世話になります。福谷銀二と言います。よろしくお願いします。」
そう挨拶すると、轟々という騒音の中から、機関長らしき男が現れた。歳は50くらい。その男は、伸びた髭を触りながら、黒い丸眼鏡の中から鋭い眼でじっと銀二を見た。そして、
「ああ、人手が足りないからちょうどいい。そこに、荷物をおいてすぐエンジンの点検をしてくれ!付いて来い!」
そう言われて、機関室の棚にカバンを放り投げて、すぐに、機関長のあとを付いて行った。

機械室の中は、轟音と油の臭いと熱気が充満していた。ところどころ油で滑りやすくなっている鉄階段を下りると、大型の2基のエンジンの前に着いた。上の調整室よりさらに轟音が響いている。もう、普通の声では会話が出来ない状態だった。

機関長は叫ぶような声で
「もう30分ほどで出航だ。今、最後の調整をしてる。・・お前、エンジンの事は判るのか?」
銀二も、負けないくらいの声で答える。
「昔、修理工をやっていました。今の漁師で、自分の船のエンジンは直せます。」
「上等だ。ほれ、工具はここにある。まあ、ざっと状態を見ておけ。良いな。」
機関長はそういうと調整室に上がって行った。

大型の貨物船といっても、構造はそれほど難しくない。一通り、点検を始めた。
すると、エンジンの裏側から、一人の男が出てきた。銀二はその顔を見て、
「え?まさか・・ケン坊か?」
「そうだよ。久しぶり。こんなところで逢うなんて。何年ぶりかな?」
偶然であったその男は、向島の同級生で、吉村健二という男だった。
「ああ、小学校の時以来だからな。・・。だけど、お前、確か、親父さんの転勤で、広島へ転校したよな。」
「まあ、いろいろあってな。どうしても、船乗りになりたくてね。いや、銀ちゃんの親父さんに憧れてさ。それで・・勉強をして機関士の試験を受けたんだ。それからずっとこの仕事さ。」
「そうだ、お前は機械いじり好きだったもんな。」
「いや、それだって、銀ちゃんに教わったようなもんだしね。」
「でも、こんなところで会うなんて。」
「・・で、銀ちゃんこそ、こんなところで・・・この船で働くのかい?」
「ああ、本当に迷惑を掛けるんで申し訳ないんだが、どうしても名古屋に行きたくてね。それで、船の仕事をしながら連れて行ってもらえないかと思って。」
「ふーん。そうかい。だが、ここの機関長、結構厳しいからなあ。俺なんか、しょっちゅうどやされてるんだぜ。」
「いい事じゃないか。怒られるってのは幸せなこった。怒られるのは、期待されてる証拠なんだ。きっとモノになるって機関長も思ってるはずだよ。」
「そうかなあ。まあいいさ。楽しくやろうぜ。」
そんな会話をしている時、銀二の顔色が変わった。
「なあ、ちょっとこのエンジン、音が変じゃないか?・・さっきから・・ほら・・何か悲鳴みたいな音が・・・やっぱりそうだ。ちょっと機関長を呼んできてくれないか?」
そう言われて、ケン坊は機関長を呼びに行った。
しばらくして、機関長がやってきた。銀二は、エンジン音を再度確認しながら、
「忙しいのに済みません。エンジンの点検をしていたんですが・・・何だか音が気になるんです。一度バラシた方が良いんじゃないかと・・。」
「ちょっと待ってくれ。そのエンジンは、昨日ばらして調整したばかりだ。何ともなかったはずだ。それに、もうすぐ出航時間だ。今からエンジンをばらすなんて無理だ。時間がない。」
「そうですか。ですが、このままだと焼きついてしまうかもしれない。途中、エンジンが故障するかもしれない。・・・そうだ、20分くらい時間が取れませんか?頭をはずして中を見るだけでもいいんです。」
確かに、このエンジンは故障が多かった。だが、初めての素人にそう言われて、機関長はすんなり認めるほど余裕は無かった。
「大丈夫だ。さあ、出航だから、起動してくれ。」
銀二は、それ以上は言い出せなかった。仮に、そうだとしても、いきなり現れた素人の話を聞くほうが無理とわかっていた。
貨物船 山陽丸は、まもなく港を離れた。

途中、広島の港に寄港して荷物の積み下ろしをした。5時間ほどの停泊だった。

その間に、健二は、「ちょっと用事を済ませてくる」と言って、船を降りた。
銀二は、特に用もないので、機関室に残った。やはり、あのエンジンが気がかりだった。出航前と同じように、エンジンの音を確認した。さっきより更にキンキンと高音が響くようになっていた。おそらく、燃料ポンプとシリンダーのどちらかに問題があるようだった。時間があるのでばらして、中を見たかったが、勝手には出来ない。それに、何とか乗船を許された身であり、途中で降ろされるかも知れなかった。

3時間ほどして、船に戻ってきた健二は、少し様子がおかしかった。それに、頬に殴られたような痣も作っていた。
銀二が尋ねても、『ちょっと酔っ払いに絡まれただけで、大事無い・・』としか言わなかった。

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