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2-7-2:故障 [峠◇第2部]

故障
広島を出て、呉の沖を抜ける水路を航行中に、事故が起きた。
銀二が指摘したエンジンが、突然、オイルを噴き始めたのだった。

機関室の中は機械油が飛び散り、銀二も健二も油塗れになった。機関長が慌てて降りてきた。
「第2エンジンの上部からオイル漏れです。先ほどから調整していますが止まりません。どうしましょう。」
健二が機関長に助けを求めた。
「このままでは、第1エンジンもダメになります。一旦、エンジンを止めて修理しましょう。」
銀二が、修理を提案した。だが、機関長は、
「今、エンジンを止める事はできない。ここらはかなり狭くて流れもきつい。ここを過ぎるまでは持ちこたえさせなくちゃならん。」
そうしているうちにも、油を噴いているエンジンがおかしな音を立て始めていた。このままでは第1エンジンも故障するのは目に見えていた。
「なら、ほんの1分エンジンを止めて、第2エンジンだけギヤだけでも外しましょう。」
「だが、推力がかなり落ちてしまう。」
「大丈夫です。今の時間なら、潮の流れが収まるはずです。」
「どういうことだ?」
「いや、このあたりの潮は、必ず、西と東で変わります。今、月はどっちにありますか?」
「西の方角だが・・」
「それなら、もうしばらくで潮止まりに入ります。そうすれば、わずかの時間なら、船は水路を外れるほどにはなりません。そして、第1エンジンで最小出力で、流れに飲まれない程度の推力を保てれば、時間が稼げます。」
「だが、第1エンジンだけでは20分が限界だ。」
「大丈夫です。20分あれば修理できます。」
「良し!操舵室と掛け合ってみる。」

船内電話を取ると、機関長は船長に状況を説明した。
操舵室で、しばらくやり取りがあったが、航海士からは、「銀二の言った事は正しい。もうすぐ潮が止まるから大丈夫だ」と了解の連絡が来た。

すぐに、修理を始める事にした。銀二は、工具を持ってエンジンの分解を始めた。
シリンダーカバーを外し、内部に、電灯の光を当ててみると、シリンダー上部に焼けた痕が見つかった。燃料噴射口から充分に燃料が供給されていない事がわかった。
「健二!ちょっとこっちを押さえてくれ。熱くなってるから気をつけろ!」
「ああ、カバーごと押さえればいいんな。バルブはどうだ?」
「バルブへ繋がるパイプが腐ってきてる。交換部品はあるか?」
「調整室にあると思うが・・機関長に・・」
その時だった。急に船が大きく傾いた。潮の流れが変わったのだ。
健二は押さえていたカバーを持ちこたえれなくなって、つい離してしまった。ジュウっという音がした。見ると銀二の左腕がエンジンとカバーの間に挟まっている。
「銀二!大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。それより早く持ち上げてくれ。それほど俺も我慢強くない!」
カバーを持ち上げると、左腕は火傷をしていた。しかし、銀二はいっこうに構わず、修理を続けた。機関長が交換のパイプを持ってきた。すぐに取り付け、燃料噴射弁の調整を行って、正しい状態に設定しなおした。
もう一度ギアを繋ぐと、今まで以上に静かに調子よくエンジンが動き始めた。時間はちょうど20分だった。
健二は、ただ見とれるだけだった。そして、
「銀ちゃん、腕は大丈夫かい?」
「ああ、これくらい大丈夫さ。」
そう言って、腕を振り回したが、さすがに痛みが襲ってきたのか、すぐにうずくまってしまった。
機関長は銀二を抱えて、救護室に連れて行った。救護室の医務員は火傷のキズを見て驚いた。
「よく意識が無くならなかったですね。激痛が走ったでしょう?」
そう問われても、銀二はまた「大丈夫」と言うだけだった。

包帯姿の銀二が機関室に戻ってきた。
「どこで覚えたんだ?」
待ち構えていた機関長は、感心しきりにそう言った。
「いや、昔、修理工場で働いていた時に何となく覚えたんです。まあ独学ですが・・・。」
「そんな事はない。その腕があれば、どこの船でも雇ってくれるぞ。」
「いや、気楽な漁師のほうが俺には向いてるんです。」

銀二の噂は、操舵室や貨物室にも知れ渡った。皆、銀二の顔を見に、機関室にやってきた。船長も、港の監督官から頼まれて、断りきれずに乗船させたものの、これだけの働きをするとは思っていなかったので、改めて、船長自ら挨拶に来た。そして、今度また、船に乗りたくなったらいつでも連絡してくれればいいからと言ってくれたのだった。

名古屋港に着いたのは3日目の昼過ぎだった。
「午後7時には出航するから、それまでには戻ってくるようにな。」
「ありがとうございます。必ず戻ってきます。済みません。じゃあ行ってきます。」
「銀ちゃん、待ってるよ!」

銀二は、カバンひとつ持って船を下りた。そして、港のバス停から名古屋駅に向かうバスに乗った。
名古屋駅に着くと、コンコースを抜け、西口へ向かった。そこから、まっすぐ、料亭『松屋』まで急いだ。
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