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2-7-4:帰り船 [峠◇第2部]

港には6時30分には到着した。
山陽丸の乗組員は、皆、甲板に出て、銀二が帰ってくるのを待っていた。
「銀ちゃん、お帰り。間に合わないかと思ってたんだよ。」
健二が乗船口で待っていた。
「済まない。ああ・・これ、名古屋の料亭、松屋の料理だ。少ないけど、手土産だ。」
そう言って、風呂敷包みを健二に手渡した。

7時の定刻に船は出港した。
機関室の調整室には、機関長と健二と銀二が居た。松屋でもらった重箱を開けた。
いずれも見事な料理が詰まっていた。
「これは上等な料理だなあ。なんだかもったいないな。」
機関長はそう言いながら箸をつけた。健二も、遠慮がちに箸をつける。
「高かったんじゃないのか?」
健二が訊いたが、銀二は『知り合いだから』とそれ以上のことは言わなかった。

しばらくして、船長が機関室にやってきた。
滅多に顔を見せる事は無かったが、往路のエンジン故障の事もあり、すっかり銀二に惚れこんでいて、酒を携えてやってきたのだった。
「まあ、これでも飲んでくれ。航海中だから、深酒はダメだぞ。少しにしといてくれ。」
そう言ってから、そっと銀二を甲板に呼び出した。

「この前は本当に助かった。ありがとう。」
「いえ、船に乗せていただいて、お役に立てて良かったです。」
一呼吸置いてから船長が、
「ひとつ頼みがあるんだが・・聞いてくれないか?」
と切り出した。
「実は、機関員の吉村の事なんだが・・・・・君も見たと思うが、広島の港で何か問題を起こしているようなんだ。喧嘩騒ぎではなさそうなんだが・・誰かに脅されているような感じで。気になって尋ねたんだが、何にも言わない。それどころか、給料の前借を言い出したんだ。今までそんなことは一度もなかったしな。君は昔からの友人だそうだし、少し事情を聞いてくれないか。何か助けてやれることがあるならと思っているんだが・・」
そう聞いた銀二も、
「ええ、実は気になっていたんです。あの後も、時々考え込んでいる様子もありましたし、元気が無い。何か抱えてると思います。それとなく聞いてみましょう。」
そう約束して、船長とは別れ、機関室に戻っていった。

機関室では、健二が、酒と肴で良い調子になっていた。
機関長は、仕事中だからと酒は飲まず、少し重箱に箸をつけた程度だった。そして、銀二が入っていくと、「健二の相手を代わってくれ」と言い残して、機械室へ下りていった。

銀二が酒を二口ほど飲んだ頃、健二が、
「済まん。銀ちゃん、何にも言わずに金、貸してくれないか。頼む!」
そう言って、土下座をした。やはり何か問題を抱えたんだと確信した銀二は、
「ああ、貸して遣れるものならいくらでも貸してやる。だけどな、事情もわからずじゃあ困る。俺にも貸すだけの理由がないと・・」
「そうだよな。」
健二は、しばらく考えていたが、
「今の話は忘れてくれ。もう良いんだ。どうせ、借りたって返せる当てはないし・・」
と言ったところで、いきなり涙を零し始めた。
「おいおい、一体どうしたんだよ。まあ、訳を聞かせてくれないか?」
と銀二が促すと、健二は、事の次第を話し始めた。

健二は、もともと広島に住んでいた。
山陽丸の乗組員として乗船したのはまだ半年前くらいだった。それまでは、港湾の日雇いの仕事をやっていた。その頃は、毎日、仲間たちと夜の街へ繰り出しては飲んでばかりいた。そのうち、仲間から聞いて、賭博場へ出入りするようになっていった。最初は、結構儲かった。
味を占めて何回か通ううちに、ある夜、大負けした。持ち金だけでは足らなかった。同じ賭博場にいた、丈治という男がすぐに金を融通してくれた。約束した1週間後に金を持っていったら、貸した金はそんなはした金じゃないと言い出した。証文もある、返せないなら出るとこへ出ようじゃないかと脅してきたというのだった。往路の際に広島に立ち寄った時にも、船まで押しかけてきていたというのだった。ほほの痣はその時に殴られたものだった。

「そんな馬鹿な話があるか!きっとかもにされたんだろう。大体、賭博場に行くなんてどういう了見なんだ!」
と銀二は怒った。
「そう言ってもさ、相手はヤクザみたいなんだ。理屈が通じる相手じゃない。」
「当たり前だ!だからって、みんなから借金したって、どんどん巻き上げられ、金が取れないと思ったら今度は命まで取られるぞ。どうするつもりだよ。」
「だからって、どうしようもないじゃないか!」
健二は、泣きじゃくりながら、酒を煽った。

銀二は、一通りの話を聞いて、ふと思い出したことがあった。そして、健二に、
「ひょっとしたら、どうにかなるかもしれないぞ。その男の名は丈治って言うんだな?」
「ああ、3人くらい子分みたいな奴も一緒に現れる。」
「で、そいつの歳は?」
「ああ、まだ、俺より若いくらいかもしれない。子分の一人は、子どもみたいな奴だったし・・」
「そいつの顔はどんなだい?」
「どんなって言われても・・・頭は短く切っていて、そうだ、右の眉毛にキズ痕があった。何でも昔の喧嘩のキズだって聞いたことがある・・」
「そうかい。」
そこまで聞いて、銀二は何か考えがあるようだった。

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