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2-7-5:広島の港 [峠◇第2部]

山陽丸は広島の港に入った。
銀二は、港に着く前に、健二に、
「出航までには帰ってくる。お前は船から一歩も出るな。丈治って奴はきっとここへは来ない。じゃあな。」
そういい残して、さっと広島の町へ出て行った。

銀二は、広島の町はあまり知らなかったが、駅裏辺りで、ある男を捜してまわった。探していた男はすぐに居場所がわかった。

居場所と聞いた雑居ビルの前に来た。階段の上り口には、柄の悪そうな若い男が二人立っていた。
銀二はビルに入ろうとすると、肩を掴まれ、前後ろを挟まれて制止された。
「何者じゃ!」
威嚇するような口調でそう言った。銀二は、
「ここは、山田勝次さんの事務所でしょう。済まないが、通してくれないか?」
「兄貴を知っちょるんなら、益々通すわけにはいかん。」
胸座を掴んで、さらに怖い目つきで凄んできた。
「判った。じゃあ、銀二が会いに来たって伝えてもらえないかな。」
銀二は落ち着いて答えた。
「ちょっと待っちょれ!」
一人の若い男はそう言うと事務所に上がっていった。しばらくして、
「すんません。兄貴の友人とは知らんかったもんじゃけえ・・・さあ・・・どうぞ!」
態度をころっと変えて案内した。

事務所には、山田勝次がソファに腰掛けて待っていた。銀二が入ると、
「おお、良くここがわかったな。やはり、ただもんじゃない。相変わらず度胸もあるようじゃ。」
そう笑顔で迎えた。銀二は、丁重に挨拶した。
「済みません。この前はありがとうございました。本当に助かりました。」
「まあ、いいって・・・特別なことをしたわけじゃない。こっちも助かったんじゃから。で、なんだい。困った事でも起きたか?」
「ええ、実は、お願いがありまして。」
「なんだい?金か?」
「いえ、実は、俺の友人がどうも広島で博打で借金を作って困ってるようなんです。ひょっとして勝次さんのところかと思って伺ったんです。」
「そいつは堅気かい?」
「ええ、船乗りです。」
「じゃあ、違うなあ。俺んとこは、そういう堅気は相手にはせん。金を貸すのはもちろん、賭博には、堅気は巻き込まない。貸した相手はなんて名だい?」
「ええ、確か、丈治って言ってました。右の眉にキズ痕があるとか・・」
「ああ、また、あいつか。こないだも、そいつから借りた相手が自殺したって聞いたよ。・・そいつは極道じゃねえよ。・・・小ずるい不良だ。最近目立つようになってきたところだ。そろそろ焼きを入れた方がいいとは思っていたんじゃ・・・・まあ、任せとけ・・この辺に居れん様にしちゃるから。・・・おい!お前ら、すぐ丈治を連れてこい。居場所はわかっちょるのう!」
勝次はそう言うと、近くに居た若い衆が二、三人,急いで部屋を出て行った。

「で、どうしてる?村田屋だったかな?奴の女はまだ居るかい?」
「ええ、随分大人しくなったようです。まあ、性分ていうのはすぐには直らないでしょうが・・・そう言えば、あれから、光男はどうなりました?」
「まあ、それは聞かないほうがいいだろう。・・・どうだ、一杯やるか?舶来のウイスキーを手に入れたんだ。いける口だろ?」
「ありがとうございます。じゃあ、一杯だけ。友人も船で待ってるんで・・・早めに帰ってやらないと・・」
「おお、ますます気に入った。義理を欠いちゃいけねえからなあ。じゃあ一杯だけ飲んでいけ。おれも友人の一人だからな。」
そう言って、勝次は嬉しそうに、グラスとウイスキーを取り出して、銀二に勧めた。
グラスのウイスキーを飲み干したくらいの時間で、若い衆が、丈治を連れてきた。すでに、何発か殴られたようで、人相が変わっていた。
「こいつが丈治だ。学生だったらしいが・・何を思ってか知らないが、悪事を重ねてる。極道には極道の決まりがある。堅気の癖に極道のまねをしてるんじゃねえぞ!」
そう言うと、銀二の目の前で、数発殴りつけた。そして、
「今度、同じような事が耳に入ったら、命は無いと思え!良いな!」
そういうと、丈治は、ただただ、頷くだけだった。よほど怖かったようで、失禁している。
「そこいらの川にでも投げとけ!」
勝次はそう若い衆に言うと、来たときと同じように、丈治を数人で抱えて階段を下りて行った。


銀二は、勝次の子分に車で港まで送ってもらった。さすがに、船近くまで来られると気が引けて、港入り口辺りで車から降ろしてもらった。
子分は銀二に、「兄さん、お元気で!」と深々と頭を下げて見送ってくれた。銀二はちょっと怖く感じた。そして、やはり、あの世界には二度と足を踏み入れないほうが無難だと思ったのだった。

船に戻ると、健二が心配顔で待っていた。
「銀ちゃん、どこ行ってたんだ?」
「ああ、知り合いのところさ。もう丈治って奴はお前の所には現れないはずだ。借金も大丈夫。安心していいんだ。」
「一体・・どういうことなんだ?」
「俺の知り合いが、丈治のことを知っていて、あちこちで同じような手口で人を騙してるらしい。その人が、きっちり話をつけてくれた。ちょっと怖い人だがね。まあ、心配要らないさ。・・・まあ、これに懲りて、博打には二度と手を出すんじゃないぞ。その人も、そう何度も助けてはくれないからな。・・良いな。」
「本当なのか?・・・済まない。もう懲りたから・・・本当にありがとう。」
健二は、銀二の手を握って泣いて礼を言った。
甲板の上から、船長がその様子を見ていた。銀二は船長に気づいた。そして、大きく頷いて、もう大丈夫と伝えた。

銀二は、向島を出てちょうど1週間経ってから、徳山の港に帰ってきた。
山陽丸の船長や機関長、健二、乗組員のみんなに、お礼と別れの挨拶をして、故郷向島へ向かった。


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