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2-8-1:母子の再会 [峠◇第2部]

 鉄三は、銀二の家を出て、村田屋に戻った。寝床に入っても、銀二からの宿題をずっと考えていた。
うとうとしているうちに夜が開けた。朝の仕込みに入る時間だったが、頭から宿題が離れない。もやもやした気分のまま、朝の仕事をこなした。
和美が居なくなってから村田屋は急に客足が途絶えたようだった。知らぬ間に、和美は、村田屋の看板娘になっていたようだった。その様子は、村田屋の主人も奥さんも気付いていたのだが、言葉に出せないでいた。
アキは、和美を追い出した時には、幸一を一日中抱いたり背負ったりして熱心に世話をしていたのだが、3日目くらいからは、だんだん面倒に感じるようになっていた。

午後の片づけが終わって、鉄三はアキを見つけて、
「アキさん、天気も良いので、幸一と少し散歩をしてきたいんですが・・」
と言うと、アキは、どうぞとばかりに幸一を鉄三に押し付けて、
「ここのところ、ずっと一緒だったからね・・・・たまにはお父さんが面倒みるのも当然よね・・」
そう言うと、さっさと部屋に戻っていった。

鉄三は、幸一を連れて、港に出た。
もうすぐ1歳になる幸一は、歩くのも上手になり、身の回りのものにも興味を持つようになっていた。ちょっと目を離すと、危なっかしい事もあって、鉄三は幸一の手をしっかり握って、港を散歩した。

散歩をしながら、幸一を和美のところへ連れて行くべきかどうか迷っていた。いや、幸一と和美を会わせるのは約束でもあり、少しでも早くそうしなければと思っていたが、今、自分自身が和美と顔をあわせる自信が無かった。決意はしたものの、兄の宿題に答えが見つかっていない。それに、裕子の1周忌までは口にするなと兄からも止められている。どうしたものかと思いながら、だが、足は徐々に和美の居るセツさんの家に向かっていたのだった。

セツさんの家が見えるところまで来ると、セツさんが畑から手を振っていた。幸一が、セツさんに気がついて、ずんずんと歩いていく。仕方なしに、鉄三も幸一の後を追って歩いた。
「よく来たね。幸ちゃん。元気だったかい?おお、おお、大きくなった。」
セツさんが幸一を抱き上げながらそう言った。
「あの、和美ちゃんは?」
「ああ、おるよ。さあ、連れて行ってやりなさい。会いたがっておったから。」
そう言われ、鉄三はセツさんの家に入った。
「和美ちゃん。鉄三です。幸一を連れてきました。」
そう言うと、部屋から和美が飛び出してきた。
そして、一目散に幸一に駆け寄ると、強く抱きしめた。幸一も、和美のことがわかるのか、大きな声で笑っている。和美は何も言わず、じっと幸一を抱きしめている。まるで、我が子を慈しむ様に、じっと抱きしめたまま動かなかった。そのうち、幸一が嫌がるように身を捩る。その様子を見て鉄三は、
「和美ちゃん、幸一が苦しがってるよ。そろそろ離してあげたら・・」
「ああ・・ごめんなさい。幸ちゃん、会いたかった。元気だった。」
そう言って、幸一の顔をじっと見た。和美の目には涙が滲んでいた。

「アキさんも、以前にようには固執しないようになって、今日も、あっさり幸一をよこしたよ。これからは、毎日でも連れてくるからね。」
「ありがとう。・・・ずっと一緒に居られたらいいのにね・・・幸ちゃん・・・」

その言葉に、鉄三の心が動いた。自分の決心を打ち明けるべきではないのかと自問自答した。
鉄三の決意は、和美も知っている。だが、その事は口に出来ない。自分の気持ちもまだ定まってはいない。
和美は、幸一を抱っこして、浜に出た。
幸一は、浜辺で、貝殻を摘み上げたり、打ち上げられた海藻を踏んだり、波の動きを見ては喜んでいた。和美も、一緒になって、時間も忘れて遊んだ。
光りが眩く反射する瀬戸内の海辺に、本当の親子のようにはしゃぐ二人を、鉄三はじっと眺めながら、しばしの幸せをかみ締めていたのだった。
夕日が落ちる頃には、幸一は遊び疲れたのか、ぐっすり眠ってしまった。別れは辛かった。和美は、眠りこける幸一を抱いたまま、なかなか離そうとはしなかった。しかし、無常にも時間は来る。
「必ず、また、明日も連れてくるから・・・それまで辛抱してくれ。」
鉄三はそういうと、嫌がる和美から、幸一を引き離し、村田屋に連れて帰った。

そんな日々が1週間近く続いた。
幸一を連れてくるたびに、鉄三は、決心を実行するためにも、兄が出した宿題の答えを早く出さなければと、繰り返し繰り返し考えていた。
和美も、鉄三が一緒になってくれといつ切り出すのかとドキドキし、自分の心もまだ定まっていない事に不安を感じていた。ただ、屈託の無い笑顔で和美を求めてくる幸一との時間は、やはり自分にはかけがいの無い大切なものだと改めて感じていたのだった。そんな時間が重なるうちに、和美の中にも、一つの決心が固まってきていたのだった。


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