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2-8-2:和美の決心 [峠◇第2部]

裕子の1周忌法要の日が来た。
村田屋の主人の考えで、法要は身内だけで静かに行う事にした。
龍厳寺の住職も、その方が良いだろうと言い、寺で静かに営む事になった。読経の後、それぞれに位牌の前で手を合わせた。

 鉄三は、目を閉じ、手を合わせ、裕子に向かって詫びた。そして、自分の決心をいよいよ和美に告白する事を報告した。
 村田屋の主人は、鉄三の様子に何かを感じ取っていた。そして、それは恐らく自分が考えている通りだろうと確信していた。

法要が終わり、寺を出ようとした時、住職が鉄三を呼び止めた。
「良い供養になったかのう?」
鉄三はその問いかけにきっぱりと
「はい。きっと裕子も判ってくれるはずです。これからの幸せこそが、裕子の望みですから。」
「そうか。それは良かった。先の長い人生じゃ。まだまだいろんな事が起きるだろうが、越えられない峠は無いからの。」
そういうと住職は、そばに居た村田屋の主人に向かい、深く頭を下げ、寺へ戻って行った。村田屋の主人も深々と頭を下げた。

鉄三は、法要の後、村田屋へは戻らず、幸一を抱いて、セツさんの家へ向かった。

「和美ちゃん!和美ちゃん!」
何度か呼びかけたが返事が無かった。留守のはずは無いと、浜へ出てみた。和美は、浜辺の流木に腰掛けて海を見ていた。

「和美ちゃん!俺と一緒になってくれ!」
鉄三は、前置きなしにそう言った。とにかく自分の決心をまっすぐに和美に伝えるべきだと感じたからだった。
和美は、何も言わなかった。鉄三は、もう一度、ゆっくりと、
「和美ちゃん。俺と一緒になって、幸一と3人で暮らそう。それが一番幸せになれるはずだ。」

和美はまだ何も言おうとはしなかった。
「幸一が生まれてから、ずっと、和美ちゃんは幸一の母親代わりで頑張ってくれた。幸一だって、和美ちゃんを母親だと信じてる。それに・・・おれもずっと一緒にいたいんだ。・・・裕子にはきちんと詫びた。許してくれるかどうかは判らないが、生きてる人間がしっかり幸せにならないと裕子だって安心できないはずだ。なあ、幸一のためにも、俺と一緒になってくれないか。」
もう、順番などどうでも良かった。とにかく、今の自分と幸一には、和美が無くてなならない事を精一杯伝えたかった。

和美は、鉄三と銀二があの夜話しあっていた中身を聞いて、鉄三の決心はすでに承知していた。だが、自分の中にある銀二を慕う心が、鉄三の愛を裏切る事になるのではないかと考えていた。鉄三の自分への想いがとても重く感じていたのだった。
いっそ、幸一の母親になってくれと言われていれば、すんなり承諾できたかもしれないとも考えていた。

鉄三は、何も言わない和美に戸惑っていた。やはり、銀二を慕う気持ちが強いという事なのだろうか。
そう感じた鉄三は、
「兄貴からは、了解を貰っている。和美ちゃん次第だって・・」
と付け加えた。それを聞いた和美は動揺した。自分の中では、もう銀二への想いを封印すべきだと決心していたのに、鉄三の言葉でまだ動揺する自分が情けなくも感じていた。
「銀二さんは関係ないわ!」
とっさに出た言葉は、自分の気持ちとは少し違っていた。慌てて打ち消そうとして、
「銀二さんと私は、鉄三さんが思っているような関係じゃないわ。それに、銀二さんは私の事なんて何とも思っていないはずよ。ただの小娘くらいにしか見てないんだわ。どんなに想ったって無理なのよ。」

そう口走ってしまった。和美は、自分の言葉に驚いていた。しかし、鉄三は、和美が銀二の事を好きなのは判っていた。だからこそ、兄にも相談してきたのだし、和美の言葉には動揺しなかった。
「判ってる。だからこそ、和美ちゃんはどうすれば幸せになれるのか、自分なりに考えてきたんだ。今のままではどうしようもないじゃないか。せめて、幸一を育てる事で、和美ちゃんが幸せを感じる事ができるなら・・・一緒に暮らせる道を考えようと思ったんだ。」
「ありがとう・・鉄三さん・・・でも・・・」
「良いんだ。俺は和美ちゃんに惚れてるから、一緒に居たいんだ。それに、和美ちゃんは幸一を育てる事で幸せを感じられる。それなら、3人一緒に生きていこう。・・それで良いじゃないか。・・和美ちゃんが兄ちゃんに惚れてても良い。いや、兄ちゃんに惚れない女なんて居ないさ。それも全部引き受けて、一緒に生きよう。俺、一生懸命、幸一と和美ちゃんを幸せにするために頑張るから。」
そう言うと、鉄三は、抱っこしていた幸一を和美に渡した。
和美は、幸一を強く抱いて温かさを感じていた。幸一は、無邪気な笑顔で和美を見ている。そして、小さい手で、和美の指を握った。確かな感触が、和美には愛おしかった。
「ごめんなさい。・・・今まで、私は幸せになんてなっちゃいけないって思ってたけど・・・でも、幸一と一緒に暮らせるなら・・・」
「そうしよう。」
「ありがとう。・・判りました。昔、銀二さんにも新しい生き方をすれば良いんだって言われました。・・そうね、幸一の母として生きていきます。」
その言葉を聞いて、鉄三は和美と幸一を包み込むように抱いた。

ちょうどその時、銀二の船が、向島沖を抜けて、家の前の浜を横切り、港に入ってくるところだった。銀二は船の上から二人の姿を見つけた。
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