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2-8-3:3人の約束 [峠◇第2部]

銀二は港に船を停め、一目散に家に急いだ。予定より少し遅くなってしまった。もう1周忌法要も終わっているのも判った。鉄三はもう和美に話しただろうか、そう心配しながら家路を急いだ。

銀二が家に戻ると、鉄三と和美が幸一を抱いて家の前に立っていた。二人の様子を見て、和美が鉄三の申し出を承諾した事は聞かなくても判った。だが、二人から報告を受けるまでそ知らぬ顔をしていようと決めていた。そして、
「おお、いま帰ったんだ。さあ、幸一の誕生祝をやろう。」
「兄ちゃん、どこ行ってたんだよ。」
「まあ、いいじゃないか・・・・ああ、そうだ、セツさんに、誕生祝の料理をお願いしていたんだ。ちょっと呼んでくるから、卓袱台とか皿とか用意していてくれ。」
銀二はそう言うとセツさんの家に向かった。セツさんは、焼き鯛やチラシ寿司等を作っていてくれた。銀二と鉄三は、料理を運んできた。和美とセツさんは、卓袱台や皿や箸などを並べた。

一通り支度が整ってから、銀二が、
「よし、それじゃあ、幸一の1歳の誕生祝いを始めるか!さあ、酒、酒・・」
「ちょいと銀二!ほら、ちゃんと父親と母親から挨拶させないと・・」
「そうかい?そいじゃあ、鉄三、和美!」
そう言われて、鉄三が、
「幸一。1歳の誕生日おめでとう。これから、毎年、ちゃんとお祝いできるよう、父ちゃんもしっかり働くからな。」
と幸一に話した。和美も続いて、
「幸ちゃんが居るから、私も幸せなの。元気に育って、お母ちゃんにいつまでも幸せを感じさせてね。」
と言った。その言葉を聞いて、銀二には全てわかったのだった。セツさんはちょっと妙な顔をしたが、銀二が嬉しそうに二人を見つめているのを見て、おおよその見当がついたようだった。そして、セツさんは、
「幸ちゃん、あんたは生まれたときから幸せを運んできたんだよ。お父ちゃんとお母ちゃんを大事にするんだよ。」
と言ってくれた。
銀二は、その言葉を聞いて、
「うんうん・・それでいい。幸せになるんだぞ。」
と言いながら、涙ぐんでしまった。銀二は、手のひらで顔をごしごしやってから、
「さあ、良いだろう。酒、酒。ほら、上手そうな料理もたくさんある。食べようぜ!」
と言って、みんなに酒を注いだ。

しばらくは、幸一が生まれてから、ここまで大きくなった事を話題に、大いに盛り上がり、楽しい時間が過ぎて行った。
料理もほとんど食べ尽くすと、セツさんは、
「わたしゃ、そろそろ帰るとするよ。何だか久しぶりに料理の腕をふるって疲れたよ。・・ああ・・容れ物は明日にでも取りに来るからそのまましときな。」
そう言って、すたすたと帰って行った。

それからも、しばらくは陽気に酒を飲んでいたのだが、鉄三がいきなり正座をして、
「兄ちゃん、ちゃんと報告する。俺と和美ちゃんは一緒になる。和美ちゃんも承諾してくれた。」
と言った。和美は銀二の反応が気がかりだった。
銀二はそれを聞いて、
「うん。・・いや・・ダメだ。」
「どうしてだい。ちゃんと承諾してくれたんだ。」
「いやダメだ。・・お前と和美ちゃんと幸一の3人で幸せになるんだというんなら許す!」
「何だよ。脅かすなよ。・・・そうだ、3人で一緒に暮らすんだ。」
「それならよろしい。」
銀二は少し酔いが回っているような口調だった。しかし、その後の言葉で、
「で、仕事は見つかったのかい?村田屋には居られないだろう。どうするんだ?」
「いや、それが・・いろいろ、俺も考えたんだが、料理人の仕事なんてそう転がってるもんじゃない。これから見つけるさ。」
「何だ!この前と変わってないじゃないか!バカヤロウ!それじゃあダメだ。」
「そんな事、言ったって、俺はこの島以外、ほとんど知り合いもないんだ。どうやって探せって言うんだよ。」
「だから、心配なんだ。ほれ、誰かいないのか?・・おお、釣り客で、そういう人は居ないのかい?お前の料理を褒めてくれた人とかさ・・」
「そんなの・・」
鉄三は沈黙してしまった。
そのやり取りを聞いていた和美も一緒に考えていた。1年間の短い間だったが、それなりに客の名前も思い出せる。あれこれ考えてみた。そして、和美が、
「ねえ、大木先生なら、医者で顔も広いから、どなたかご紹介いただくわけにはいかないかしら。」
と言った。その言葉に、銀二も鉄三も揃って、「あの人はダメだ!」と否定した。鉄三は、大木医師が和美に惚れている事を知っていて反対したが、銀二は思惑と違う方向なので反対した。
「じゃあ、どなたか当てはあるんですか?」
和美はちょっとたしなめるように二人に聞いた。すると銀二が、
「ああ、そうだ、思い出した。ほら。・・・松屋さんだ。あの人はどうだ?」
とちょっと芝居がかった言い方をした。鉄三は何となく思い出したような素振りだった。
「ほら、確か、あの人、お前の料理を褒めてくれたんじゃなかったか?こんな田舎に置いとくのは勿体ないとか言ってなかったっけ?」
「ああ、何となく覚えてるけど・・・でも、向こうが覚えてるかどうか・・」
「大丈夫さ。きっとお前の事も覚えてるさ。一度連絡してみろ!」
「判った。・・」
そう返事をした鉄三が動かないのを見て、銀二が、
「何やってんだ!すぐに連絡してみろって!」
「そう言ったって連絡先は村田屋に戻らないと・・」
「もう、しょうがないな。ちょいと待ってろ。」
銀二はそういうと、押入れを空けて、ごそごそといくつかの箱を開け始めた。そして、
「おお、これだこれだ。これが連絡先だ。・・港前にある公衆電話で連絡して来い。・・金なら、ほら、この中にある。」
そういうと、古い手帳と小さな壺を差し出した。手帳にはいろんな人の住所や連絡先とかがたくさん書かれていた。そして、壺の中には、10円玉がびっしりと入っていた。

鉄三は、手帳とつぼの中の10円玉をありったけ握り締めて公衆電話に向かった。

家に残った和美と銀二は、しばらく沈黙していた。
和美は、銀二と鉄三が夜の浜辺での会話を聞いて、銀二の気持ちが自分には向かっていない事を承知していたが、それでもなお銀二の真意を確かめたかった。しかし、すでに、鉄三の申し入れを承諾し、動き始めた今、何を確かめようと言うのか、自分でも掴めなかった。
銀二も、二人が決めた生き方を兄として心から喜んではいたが、大事な何かが無くなってしまった様な、言いようの無い淋しさが胸を過ってしまって、どういう話をすれば良いか判らないでいた。

沈黙を破ったのは、幸一だった。さっきまで機嫌よくしていたのだが、急に愚図りだしたのだ。おそらく、眠くなったのだろう。その様子に、和美が、
「あら、幸ちゃん、眠くなったかな。ほら、抱っこしてあげるから。」
と手を伸ばした。愚図りながら、和美の腕に溶けるように抱かれる幸一を見て、銀二が、
「やっぱり、和美の温もりが恋しかったんだろう。ほら、嬉しそうな顔をして。そうだよな。幸一には、和美がお母さんなんだ。しっかり、育ててやってくれ。きっと、幸せになれるからな。」
と言うと、
「ごめんなさい。銀二さん。私、銀二さんに命を救ってもらって・・・それなのに・・・何も恩返しが出来ない。・・せめて、一生、銀二さんの傍で生きていきたかった・・・、銀二さんの暮らしのお役にでもと・・」
「馬鹿言うんじゃないよ。俺は一人でも大丈夫だ。お前は、お前を必要としている人の傍で、ちゃんと生きる方が幸せになれるんだ・・・。これで良いんだよ。これで良いんだ。」
銀二はそう言うと、酒のコップを持って、浜へ出て行った。

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