SSブログ

2-8-5:温もり [峠◇第2部]

和美は、布団に入ると、これまでの日々を思い出していた。
明日ここを出て行けばおそらくもう戻ることは無いだろう。セツさんや直子さんへの恩返しも出来ないまま、ここを去ることが辛かった。そして、銀二の傍に居られない事を思い、一層辛くなった。涙が溢れて仕方なかった。目を閉じると、銀二の笑顔が浮かんできてどうしようもなかった。
和美は、そっと布団を出て、セツさんの家から外へ出た。銀二の家にはまだ明かりが点いていた。抑えきれない気持ちが和美の足を銀二の家に向けた。

静かに,銀二の家の扉を開けた。銀二は座敷に座って、酒を飲んでいた。
「銀二さん・・・」
和美は小さな声で銀二を呼んだ。
「何しに来た?明日早いんだ、もう休め。」
銀二は振り返りもせず、そう言い放った。

「銀二さん、私、銀二さんが・・・」
「ダメだ!それ以上言うんじゃない。」
「いや!・・・・私、銀二さんが好き。せめて、お別れに、私を抱いてください。」
「何を言ってるんだ。お前は、鉄三と一緒になるんだぞ。」
「このままでは、私、心が苦しくて・・・後生だから・・・私を抱いてください。」
和美は、駆け寄り、銀二にすがりついた。
「お願い。ほんの少しでいいの。銀二さんの温もりを・・肌で覚えておきたいの・・お願い。」

銀二は、身じろぎもせず、じっとしている。
暗い海から救い上げた日から、銀二の中には、日増しに、和美への愛は膨らみ続けていたはずだった。だが、それは本当の愛なのか、それが和美の幸せになるのかと問い続けてきた日々でもあった。他の男に奪われるなど、考えられなかった。だが、弟なのだ。和美と同じくらい、幸せになってもらいたいと願う弟が惚れたのだ。
これまでの気持ちは、深い胸の奥に静めたはずだった。だが、今こうして愛する和美が背中にすがり抱いてくれと懇願している。

銀二の中で、何かが弾けた。

銀二は、和美の手を引き寄せ、強く口づけをすると、激しいほどに抱きしめた。
出会ってから膨らんでいた想いが弾けるように、和美も銀二の背に手を回し、激しく求めた。
部屋の明かりを落とし、二人は洋服を引きちぎるように脱ぎ、全裸になる。
その間も、銀二の手は和美の柔らかな肌を愛撫し続けた。
和美も熱くなっている銀二の自身を、身体の芯から、しっかりと受け止めた。
ほとばしる情熱はずべて美しい花が受け止めた。
和美の肉体も銀二の肉体も、一つになり、恍惚の中に溶けていった。


どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。まだ、夜空が徐々に明るさを見せるようになった。
和美は、まだ眠っている銀二の顔をじっと見つめ、
「ありがとう、銀二さん。」
そう言って、服を着始めた。まだ、体のあちこちに銀二の感覚が残っていた。
そして、首につけていた「お守り袋」を枕元に置いて、銀二の家をそっと出ていった。

銀二はとうに目が覚めていた。
和美が起き出して洋服を着始めたときから全てわかっていたが、眠ったフリをしていた。目を覚ませば、そのまま、離れられなくなる自分が居るようで怖かった。

和美が出て行ってから、しばらくして銀二は起き上がった。
そして、枕元に置かれた「お守り袋」を手に取った。
それは、白い布を縫い合わせて拵えてあった。銀二はその生地をじっと見て、はっと思い出した。
そうだった。この布地は、和美が身投げした夜に来ていた洋服のものだった。しばらく銀二の家にあったが、和美から、過去を思い出して辛くなるから捨ててくれと懇願されたのだった。捨てるとは言ったがなかなか捨てそうも無い銀二を見て、和美が強引に持ち帰ったのだった。おそらく、和美は、辛い過去と同時に銀二との出会いを大事に思い、洋服の一部を切り取って、お守り袋にしたのだろう。
銀二は、小さなお守り袋を見ながら、愛しい和美を思い、涙に濡れた。そして、同時に、一夜の契りを悔いていた。越えてはいけない一線を守れなかった。弟、鉄三を裏切り、和美を穢した思いが銀二を襲っていた。

そろそろ、夜が明けてきた。もう鉄三と和美は幸一を連れて、港前から新しい地へ向かっただろうか。これからの二人に幸せが訪れる事を願っていた。


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0