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file5-9 名刺 [同調(シンクロ)]


捜査会議の後、署長からの指示も受けて、署を出た一樹とソフィアは、署長から受け取った名簿を見ながら、車を走らせていた。
「とりあえず、ユカのアパートへ行ってみる。」

コーポ リベルタは、名前こそ良いが、古い木造で窓ガラスには破れた網戸がそのままで、とても快適とは程遠いものだった。そして、ここは、KTCが借り上げた社宅同然のアパートだとわかった。
初老の管理人が1階に住んでいた。

「いや、私も困ってたんでね。居なくなっちゃってどうしたものかって、届を出すにしても面倒だし、居なくなるちょっと前に、何だか次の仕事も決まったような事を言ってたんで・・・・・実を言うと、ユカって子は余りここには居なかったんだ。彼の部屋にでも居たんじゃないか。ほとんど家具らしい荷物もなかったから。」
管理人はそう言って、アパートの横にある物置を開けて、中から大き目の段ボール箱を引っ張り出してきた。
「部屋にあった荷物だ。ほんとに家具らしきものはなかったし、布団だってぼろぼろだったから捨てちゃったよ。これだけの荷物だ。・・あんたたち、持ってってくれよ。ここにあっても困るんだよ。」
管理人は厄介なものを処分できるような清清した物言いで段ボール箱を一樹に手渡して、自分の部屋に戻っていった。

「人一人居なくなってもこれだからな。社宅ったってこんなボロボロなところで・・」
一樹は無性に腹立たしかった。ソフィアは、しみじみと言った。
「住む所を作ってくれるだけありがたいってみんな来るんだけどね・・日本にがっかりしたっていう日系人は多いわ。だけど、みんな、夢を持ってきてるから、我慢してる。」

とりあえず、段ボール箱は車に置いて、周辺の聞き込みをした。しかし、同じアパートの住人は、ほとんどここ数ヶ月で入居してきたようで、ユカについては全く情報が得られなかった。近所のスーパーにも寄ってみたが、店員たちもほとんど覚えていなかった。
一樹とソフィアは、一旦署に戻ることにしたが、もう日も暮れる時間になっていたので、腹ごしらえもかね、コンビニで簡単なものを買い求めて、一樹のアパートに戻った。
「ソフィア、すまないな。もっとちゃんとした食事にしたいだろうが、何だか、そんな気分じゃなくて・・一刻も早く、ユウキの居場所を突き止めないとな。」
「ううん。大丈夫。わかってる。私も余り食欲ないし・・」
一樹は、やかんで湯を沸かし、カップラーメンを作った。おにぎりを頬張りながら、段ボール箱を開けて、中を確認した。

「これ、手帳だな。」
一樹が、可愛いキャラクターの付いた手帳を取り出した。中を開いてみる。何も書かれていない、まっさらな手帳のようだった。
「きっと、工場を辞め、新しい仕事に就くからって買ったんじゃないかしら。」
そう言って、ソフィアがぺらぺらと捲っていると、どこかのページに挟んであったのだろう、紙切れが1枚スッと落ちてきた。
一樹が取り上げてみると、名刺だった。
「おい、これって。」
名刺には、『フリーライター 林 純也』とあった。そして、ユカが加えたのだろう、名前の下にピンク色のペンで、ハートマークが入っていた。
「さっき管理人が言っていた、彼がいるって、ひょっとして、あいつの事か?」
「ねえ、何か知ってるんじゃないかしら。」
「ああ、きっと何か行方不明事件の事を知ってるんだ。だから、店の前で刺されたのは偶然じゃなく、最初から狙われていたかもしれない。」
「病院にいるんでしょ。行ってみようよ。」
二人は、急いでカップラーメンをたいらげると出掛けることにした。

その時、署長から連絡があった。亜美がレイのところに行き、シンクロでユウキの生存を確認したという知らせだった。ただ、余り喜べる状態でない事もわかった。

林は市民病院に入院していた。刺された傷は思ったほど深くなかったが、出血量が多かったので安静のために入院していたのだった。

面会時間ぎりぎりに一樹たちは病院に着いた。急いで、林の病室に行った。
「おい、林!」
そう言って病室に入った一樹が見たのは、もぬけの殻のベッドだった。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
ちょうど、看護士が面会時間の終了を告げに回ってきた。
「ここの入院患者の林はどこですか?」
そう問われて、看護士も困惑していた。
「さっきまでいらしたけど・・動き回らないように言っていたのに・・また、タバコでも吸いに行ってるんじゃないかしら。・・早く戻ってもらわないと・・」
看護士はぶつぶつ言いながら、忙しそうに別の部屋にいった。


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