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-帰還‐17.宙を舞う [アスカケ第1部 高千穂峰]

17.宙を舞う
カケルは、一陣の風を感じた。砥石に一心不乱に向かっていたが、その風に手を止めた。顔を上げると、青い衣服をまとった大男がそこに居て、カケルを睨むように仁王立ちしている。頭髪は両脇で二つに束ねられ、顔はひげで覆われ、太い眉と強い眼差しは、常人とは思えなかった。何より、その男は、祭壇に祭られているはずの<大剣>を右手に持っていたのだ。
「貴方はどなたですか?」
カケルは訊こうとしたが声が出ない。そのうち、男が<大剣>を高く掲げると、体が宙に浮き、驚くほどの速さで高く舞い上がった。見上げたカケルも後を追うように宙に舞い、気がつくと高千穂の峰の、空高くに達していた。カケルは見下ろす風景の大きさに、声が出なかった。次に、男は高千穂の峰の北を<大剣>で指し示すと、また驚くほどの速さで飛んでいく。眼下には、アラヒコの話に聞いた「火の山」が見えていた。その先には、まばゆく光る平原が続いていた。
このようなことが現実に起こるはずはないとカケルは気づいていた。夢の中にいるのだと判り、落ち着きを取り戻した。そして、遥か上空から見える風景を楽しむように、その男の後を飛んでいった。
やがて、青い海が見えてきた。<これがアラヒコ様が言っていた海というものなのか>
そう考えていると、その向うに黄色い大地が見えてきた。見たこともない大きな村や建物も見えた。<これはきっと大陸なのだ>
夢の中にいるとしても、まだ見たこともない風景をどうして思い浮かべる事ができるのか、やはりこれは夢ではなく、この男の力によるものではないか、この男は何者なのか・・そう考え始めた時だった。急に、男の姿が消えた。そして、今まで、風のように軽かった体が急に重くなり、高い空の上から、真っ逆さまに落ちていく。遥か下にはナレの村が見えてきた。カケルはそこで意識を失った。

「カケル!カケル!」
朝からずっとイツキはカケルに声を掛け続けている。もう声も枯れ果てていたが、それでもカケルを目覚めさせようと必死だった。もう夕方近くになっていた。カケルがようやく目を覚ました。水穴の中にいるのだと判るまでしばらく時間が掛かった。イツキの声が聞こえ、カケルは少しだけ手を上げた。
「・・カケル・・目が覚めた?大丈夫?」
イツキの声がたいそう心配気なのは良く判った。
「ナギ様、アラヒコ様、カケルが目を覚ましたようです。」
「おおそうか。・・自分で上がってこれるだろうか?」
カケルが目覚めた話はすぐに村に伝えられた。村に居たミコトや女たちもカケルを心配して水穴まで続々と集まってきた。巫女セイも現れていた。
カケルは、穴に落ちた時、腰を強く打ったようだった。痛みでなかなか起き上がれなかった。それでも何とか穴から這い出ようともがいていた時だった。水穴の奥のほうから風が吹き出した。そして、徐々に轟々という音が穴を伝わって聞こえてきた。水穴の周りに居た村人にもその音は聞こえた。
「みたりの御川の水柱が立つぞ。」
巫女セイがそういい終わらぬうちに、穴の中のカケルの足元に冷たい水が上がってきた。
「あっ!」
カケルがそう叫ぶよりも早く、水穴から勢い良く水が噴き出し、カケルは強い水の力に押されるように穴から飛び出した。その様子を見ていた村人は、一斉にみたりの御川へ飛び込んで、カケルを救おうとした。流されるカケルをどうにか掴まえて岸辺に上げたのだった。

徐々にみたりの御川は流れを緩め、静かさが戻ってきた。岸辺に横たえられたカケルは、少しだけ頭を上げて、周りを見た。自らが研ぎ磨いた<剣>の行方を捜しているのだった。
その様子に気付いたアラヒコが、「剣か?」と言って、同じように辺りを探した。
噴出した水の勢いで、砥石の上に置かれていたはずの<剣>はどこかに流されてしまったのか、すぐには見つからなかった。
「あれ!」
イツキが指差した先は、水穴の横の盛り土に設えられた祠であった。見ると、祠を貫く形で、<剣>が突き刺さっていた。村の皆は、「水神様を剣が貫くなどなんと怖ろしき事か」と驚き、その場に平伏してしまった。
黒雲が湧いてきて、ごろごろと音を立て始めた。山裾では、夕立とともに雷雲が起こることは珍しいことではなかったが、この時はいつもとは違っていた。遠くの山々は、陽が射しているのに、村の皆がいる、みたりの御川あたりだけに雷雲が立ち上っているのだった。そのうちに、稲光が見えた。ごろごろという音とともに眩いほどの光が走る。
天変地異が起きたような、怖ろしい光景になっていた。何度か稲光が走った後、あたり一体を劈くような轟音が走り、稲妻が落ちた。痺れるような感覚を村人全員を包み込んで、立っているものは一人もなく、皆、横たわってしまった。
しばらくして、一人ひとりと、村人が目を覚ました。そして、声を上げた。
カケルが作った<剣>が、祠とともに火に包まれていたのだ。稲妻が<剣>に落ちたのだった。
巫女セイは、どうにか立ち上がり、<剣>に向って祈りの言葉を奉げ始めた。カケルがその声を聞きながら立ち上がり、何かに誘われるように真っ赤に燃えている<剣>に近寄っていく。そして、炎に手を差し入れて、<剣>を掴むと、力を込めて引き抜木、天に翳した。
村人たちは、カケルの中に、神を見るようにじっと見つめていた。

阿蘇山.jpg
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