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-旅立ち‐1.ケスキの帰還 [アスカケ第1部 高千穂峰]

1.ケスキの帰還
 カケルは15歳を迎えた。<剣>の一件以降、村は普段の暮らしに戻り、カケルもイツキも以前のように、村の仕事を手伝い過ごしていた。ただ、15歳を迎えた男子は、誰もが「アスカケ」の事を考え、悩んでいた。カケルも、同い年のエンも悩んでいた。村人たちは、掟に従い、アスカケに出る歳になった男子に、敢えて、その事を問わない事にしていた。アスカケは、自分を見つけるための旅である。他人に急かされる類のもののはない。自らの意思で決める事が最も大事な事なのだ。
 春を迎えた村では、畑仕事で皆汗を流していた。冬に耕し、種まきを済ませた畑には、新芽がたくさん出ていて、雑草に埋もれてしまわぬよう、毎日の草取りと水遣りに村総出で取り掛かっていた。みたりの御川から水を引き入れ、田んぼの仕事も始まっていた。
 エンとカケルは、田んぼの水当番だった。田んぼを回り、ちゃんと水が入ってきているか点検し、畦が崩れているところを修復したり、稲の中に生えた雑草を取ったりする仕事で一日を過ごしていた。
 エンは、見回りの途中で、カケルに訊いた。
「カケル、・・・アスカケ・・・どうする?」
カケルは、水の具合を見ながら、ぼんやりと答える。
「ああ・・今、考えているところだ。」
「・・俺は、夏の前には行こうと思う。」
「そうか・・じゃあ、そろそろ、巫女様にお話しないといけないな。」
「・・ああ・・弟たちも・・来年、再来年・・続いてアスカケに行く。俺が迷っていると弟たちも困るだろ。」
「で、お前はどこへ向うのだ?」
「・・ヒムカの国へ行ってみようと思う。」
「ヒムカの国か。・・アラヒコ様は、ヒムカの国は戦支度をしていていると話していたが・・・」
「そうだ。戦支度をしているところで試してみたい事がある。」
「何を試すのだ?」
「・・サチ〈箭霊〉の腕だ。・・俺の家は、父様も爺様も、弓作りをアスカケと定めてきた。小さい頃から弓の鍛錬をしてきた。この腕が、ヒムカの国の兵士たちと競えるほどなのか、試してみたいのだ。」
エンの父は、カケルにサチ〈箭霊〉を作ってくれたタカヒコだった。エンは小さい頃から弓に馴染み、おもちゃのようにしてきた。今では、村のミコトたちも一目億ほどの弓の名手であった。
「そうか・・それも良いだろう。・・お前の腕なら、ヒムカの兵士に負けるものでは無いだろう。」
「カケルよ、お前はどうするのだ?」
「ああ、行くなら、北が良いな。高千穂の峰の向こう、九重の山が連なる先へ行ってみたい。火を噴く山のその向こうに行ってみたいなあ。・・だが・・」
「どうした?・・アスカケに行かないつもりか?」
「いや・・・行くとしても・・まだ、先だ。まだ、今すぐ行こうとは思っていないのだ。」
「何だ。不安なのか?・・お前は俺より体も大きいし、知恵もある。お前なら大丈夫だろ?」
カケルは、剣の一件から一年で見違えるほど大人の体になっていた。背丈は、アラヒコを越えるほど大きく、村の男の中でも最も大きく、力も村一番、同世代の男の中でも抜きん出ていた。
エンには、カケルがアスカケに出ることに躊躇している理由がよく判らなかった。
「まあ、自分で決めるのが大事だ。」

「兄者、あの、ケスキ様が戻ってこられたぞ!」
エンの弟、ケンが田んぼに居る二人のところに駆けてきて、そう告げた。
二人は急いで村に戻った。
7年前、ケスキはアスカケに旅立った。岩を割る技を覚えるのだと南へ向ったのだった。
村に戻ると、皆がケスキを取り囲んでお祝いをしていた。ケスキの脇では、シシトとモヨもケスキを労わるように寄り添い、喜んでいるのが見えた。

ケスキは輪の真ん中に居て、大きな声で話している。
「ただいま戻りました。」
ケスキの顔は日焼けで真っ黒だった。大きな麻袋には、何か重そうな道具が入っているのが見えていた。腕も胸も、筋肉が盛り上がり、体のあちこちに傷跡もあった。
「俺は、海を越えて、瑠璃国で岩を割る技を覚えてきました。あの東の尾根にある大岩を割り、道を作る。あそこが通れれば、東の尾根の先にある広い土地を畑に出来る。これが俺のアスカケだと決めました。明日にも始めようと思う。皆も手伝ってくれ!」
ケスキの声は、異常なまでに高ぶっていた。
村の皆も、ケスキの声にこたえるように、気勢を上げて答えた。

「アスカケに出て、男は皆ミコトになる。。。よおーし、俺もアスカケに出るぞ!」
そばに居たエンも気勢を上げて、ケスキのそばに行き、帰還を喜んだ。
カケルは、その様子を見ながら、ため息を一つついて、喜びに湧く村人の輪から、そっと離れた。

高千穂峰.jpg
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