SSブログ

-旅立ち‐2.おがたまの木 [アスカケ第1部 高千穂峰]

2.おがたまの木
 その日の夜は、ケスキの帰還を祝って宴が開かれた。
アラヒコの帰還の時と同様、村の中央には大きな篝火がたかれ、酒や食べ物を持ち寄り、歌や踊りに興じながら、ケスキの土産話を聞いた。
ナレの村から南へ下り、火を噴く山の畔で、船に乗り、海を越えた先にある「ルリの国」。空の青よりも、もっともっと青い海に囲まれた小さな島々が点在する。ケスキは、その一番先にあるヨロという島まで行ったという。
その島には、大きな岩山が聳え立ち、島の人々は、その岩を切り、刳り貫き、様々なものを作っていた。
島の人間の話では、その昔、海辺に、島の長の家。いや、家というより宮殿があったという。その宮殿は、ひとつの岩山を削り、切り、刳り貫き、階段や門、家を建てるための場所等が設えられていたらしいのだ。
「それで、その宮殿を、お前も見たのか?」
ケスキの隣で話を聞いていたアラヒコが訊いた。
「いや・・少し昔に・・大きな地揺れがあって、大波に飲み込まれ、深い海に沈んだらしい。」
「なんだ・・昔話か・・・」
そう言って濁酒を口に運んだ。
「だが・・その島で俺は石切を覚えたんだ。明日にはその技を見せてやる。驚くなよ!」

賑やかな会話と歌が続く宴。カケルは、アスカケから戻ったケスキやアラヒコの笑顔が眩しすぎて、その場に居られなくなっていた。静かに席を立ち、家に戻ろうとしたところに、長老が声を掛けた。
「どうした、カケル。何だか元気がないようだな。」
「いえ・・」
「なんだ。ケスキの話に飽きたのか?」
「いえ・・遠く、海の向うにあるルリ国の話は面白かったです。・・・」
「何か悩んでおるようじゃの。」
長老の問いに、カケルはひとつだけ質問をしてみようと考えた。
「長様、ひとつお訊きしたいのです。」
「なんじゃ?」
「アラヒコ様がアスカケに出る時、寂しくはありませんでしたか?」
アラヒコは長老と巫女セイの子どもであった。
「ふむ・・男の子はみなアスカケに出るのがこの村の掟じゃ。・・アラヒコには、いずれこの村を治める長になってもらわねばならぬ。アスカケの厳しい旅で自分を鍛え直すことができるのだ。少しも寂しくはなかったぞ。」
「ですが・・戻れないかもしれません。命を落とす事もあると聞きます。」
「・・それは、アスカケに出る自分自身の定めであろう。・・アラヒコが長になる力や、それにふさわしいアスカケを見つける事ができなければ、途中で命を落としても仕方あるまい。」
カケルは、長老の言う事は尤もであり、予想していた通りの長老らしい答えだと思った。だからこそ、あえて訊ねたのだった。
カケルは家に戻ろうと足を向けたが、中に入る事ができず、家の横にあるおがたまの木に登り、空を仰いだ。
おがたまの木は、古くからこの地に生えていた。春に咲く白い花は可憐で良い香りを放つ。巫女セイは、先人たちの魂が遠い空からこの木を目指し、村へ戻ってくるのだと話してくれたことがあった。「魂を招く木」として、祭壇には一枝飾る事が多かった。
カケルは、高く伸びたおがたまの木の枝に座り、夜空を見上げていた。降るような星の下で、自分はこれから如何すべきなのか考えていた。
不意に、木が揺れた。思わずカケルは枝から落ちそうになる。下から誰かが登ってくる。
「カケル!どうしたの?」
やってきたのは、イツキだった。
「宴の途中で居なくなって・・」
「ああ・・ちょっとな。」
「アスカケの事で悩んでるんでしょ!怖いの?」
イツキは遠慮なしだった。
「別に、怖いわけじゃない!」
「じゃあ、行けばいいじゃない。カケルは村で一番体も大きくて力もあるんだし・・たくさん、奇跡も起こしてきたから、きっと誰よりすごいアスカケを見つけるはずよ。迷う事なんてないじゃない。」
「・・そんな・・お前みたいに、単純じゃないんだよ。」
カケルはそう言って、背を向けた。
「失礼しちゃうわ!・・・でも差、男の子って良いよね。アスカケに出られるんだから。私だって、行ってみたい。村の外がどんなところなのか、見てみたい。・・違う村の人にも会いたい。・・海だって、島だって・・イヨの国、ヒムカの国・・それに、邪馬台の地も見てみたい。私が男だったら、迷う事なんてないわ。」
イツキが言った言葉は、そのままカケルの夢でもあった。邪馬台の地、そしてその先の大陸へ、何度夢を見たことか判らない。だが、今の自分には、イツキのようにすっぱりと割り切ってアスカケに出る決心ができなかった。イツキの言葉は、カケルをますます苛立たせた。カケルは何も言わず、おがたまの木から飛び降りると家の中に入った。

おがたまのき.jpg
nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0