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-旅立ち‐3.母の願い [アスカケ第1部 高千穂峰]

3.母の願い
家に戻ると、ナミは横になっていた。そっと家に入ると、母の様子を伺いながら、カケルは土間で縄作りを始めた。父ナギに教わった縄作りももう一人で立派に出来るようになっていて、最近では、腕力が強いカケルが太縄を作るようになっていた。カケルは無心になれる縄作りの作業が好きだった。
 ナミが目を覚まし、カケルに声を掛けた。
「おや・・帰ってきたの?宴はもう終わったの?」
「いや・・」
「ケスキ様は立派なミコトになったんだろうね。話は聞いたかい?」
「ああ・・」
カケルの返答が余りにもぶっきらぼうだったので、ナミは心配になった。
「どうしたんの?何かあったの?」
「いや・・何も・・母様の具合を見に帰ってきただけだ。」
カケルはナミのほうに向きもしないで、ただひたすらに縄を編んでいた。
「カケルももう15歳になるのよね。」
カケルは母の言葉が聞こえていたが、返答しなかった。
ナミには、カケルがアスカケに出ることに迷っているのが判っていた。そしてその理由が、自分にあることも知っていた。
「カケル、喉が渇いたわ。お水をくれない?」
カケルは返事もせず、甕に行き、水を掬って持ってきた。カケルはナミの体を抱き起こし、そっと水を飲ませた。ナミは、カケルの腕を摩り、優しく言った。
「お前は、小さい頃から、優しい子だったからねえ。自分の事より他人の事を先に考えてしまうから・・。」
そう言ってから、ナミはカケルの髪を触り、
「カケル、アスカケに行きなさい。おまえ自身のアスカケを探しに行きなさい。」
「いや・・いいんだ・・まだ・・時が来ていない。・・」
カケルはそう答えるのが精一杯だった。
「カケルは何を待っているの?・・・その時はいつ?」
「いや・・それは・・わからない・・ただ、まだ決心がつかないんだ。」
ナミはため息をひとつついてから、
「カケル、その時は、私が死ぬ時でしょう。」
その言葉がカケルに突き刺さった。
アスカケに出るのを躊躇っていたのは、確かに母の体の具合を心配していたのは事実だった。
一度アスカケに出てしまえば、すぐには戻れない。遠くに行けば、母の容態が悪くなったからといってすぐに戻れるものではない。おそらくもう母に会えぬかもしれない。そう考えると、旅立つ覚悟が出来なかったのだった。だが、それは、母の死を待つことに他ならない。だからこそ、カケルはアスカケに出る事を考えたくなかった。夢に出てくるまだ見ぬ遠い国への憧れは日に日に強くなっていたが、その事自体が親不孝のように思えて、とにかく考えないようにしてきたのだった。
「母の死を待つ事」と言われ、カケルは胸の中が焼けるように痛かった。ぐっと歯を食いしばり、吐き出しそうになる叫びを堪えていた。
「カケル。母の体はもう長くは持たないわ。お前たちが薬を見つけてくれなければ、もうとっくに死んでいたはずよ。・・今日まで生きてこれただけで充分だと思っているのよ。」
「・・何・・言ってるんだよ。」
そう言うと、母から離れようとした。
「まあ、お聞きなさい。・・もし、お前が私の体の事を心配して、アスカケに出る事に迷っているのなら、私はすぐにでも命を絶ちましょう。覚悟はできてるわ。」
「命を絶つって・・」
「この村に生まれた男の子は、いずれアスカケに旅立つと決まっているのよ。私はお前を産んだ時から、いつの日か立派な青年になってアスカケに旅立ってもらいたいと願ってきた。・・そして、いつか立派なミコトになって、この村を守ってもらいたいと・・・。ナギ様も同じ想いのはずよ。迷ってなんかいないで、自分の気持ちに正直になって。」
母は全てを見抜いていた。剣を作った時に見た幻の国への憧れはどんどん強くなっていた。一刻も早くアスカケに出たいと思っていたのも事実だった。だが、母への想いも真実だった。
「大丈夫。お前が、アスカケに出た後、私の命が尽きたとしても、私は悲しくない。・・いや、むしろその方が良いの。・・人は死ぬとどうなると思う?」
「土に還るんだろ。」
「・・そう・・体は土に還り、木や草の命に代わるの。・・でも、魂は体から離れて、風になるのよ。体から離れた魂は、風に乗って空高く登っていくの。そして高いところから皆を見てるの。・・だから、カケルがどれだけ遠くへ旅してもいつでも見つけられる。危ない目に遭いそうになった時は、風になって知らせてあげられる。だから、死ぬ事は怖くないのよ。」
母の優しい言葉に、カケルは声をあげて泣いた。ナミはカケルの肩を抱き、そっと撫でた。
「カケル、あなたがアスカケに旅立つ時、ひとつだけ、お願いがあるの・・・」
そう言って、内緒話をするようにカケルに耳打ちした。
カケルは母の願い事に驚き、母の顔を見た。
「そんな・・無理だよ。」
だが、母は、胸元から小さな首飾りを取り出してから、そっと微笑んだ。

桃の花.jpg
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