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-旅立ち-6.遠い夢 [アスカケ第1部 高千穂峰]

6.遠い夢
朝から村では「試しの儀式」の準備が始まっていた。館には、長老やミコト達、女たちも集まって、掃除や飾り付けをしていた。そこへ、ナギがナミを抱きかかえて現れた。病に臥せってから、家から出るのは温泉に向かう時以外ほとんど皆の前に姿を見せなかったナミだったので、村の皆は、ナミが以前にもまして痩せている事に驚きを隠せなかった。
館に入ると、ナギが、支度をしている皆に声を掛けた。
「みんな、済まないが、儀式の前に聞いて貰いたいことがあるのだ。」
皆、手を止めた。長老がナギに訊く。
「どんな事じゃ。・・・皆、仕度ももう良かろう。集まれ。」
皆、館の広間に車座に座った。ナギはゆっくりとナミを床に下ろす。ナミは半ば這いつくばるような格好で、口を開いた。
「皆様、済みません。・・今日の儀式の前に、どうしてもお話しておきたい事があるのです。」
小さな声ながら確かな意思を感じさせるナミの話し方に、皆、耳を傾けた。
「イツキの事でございます。・・・イツキをカケルとともに、アスカケに出させていただきたいのです。」
「何を言っておる。カケルすら、今日の儀式次第ではいけるかどうかもわからぬものを・・ましてや、女のイツキを行かせるなど論外じゃ!」
長老は、ナミの突然の申し出に驚き反対した。話を聞いていたミコトや女たちも呆れてしまった。
その様子に、ナギが皆の前にひれ伏して、
「どうか・・・皆様・・話を最後までお聞き下さい。お願いします。」
必死に皆に頼み、今一度、皆はナミを囲んで座った。ナミは体を起こし、ほぼ正座に近い格好になって、まっすぐ皆を見るように姿勢を正した。
「私とイツキの母セツは、ウスキの村の生まれなのはご存知でしょう。」
「ああ、ナギがアスカケから戻る時、ウスキの村でお前を見初め、夫婦になるためにここへ来た時に、セツも供としてここへきたのじゃったな。」
長老が頷いて答えた。
「ええ、・・ウスキの村は、ここと同じく、隠れ里です。山深く、人の出入りの少ない静かな村でした。・・実は、あの村は・・・邪馬台国の王一族の村なのです。」
「なんじゃと・・邪馬台国の王?・・・じゃが、邪馬台国には、ちゃんと王が居るはずじゃが・・」
こんな時代でも、邪馬台国の名は皆知っていた。ナレの一族も、一時期は邪馬台国の庇護を受けていた。卑弥呼の力が強大であった時代には、渡来人たちは丁重に扱われ、村を持つ事も出来たのである。この村の先人たちも、邪馬台国を頼りにしてきたのだった。
「はい。卑弥呼様の時代には、豊かで穏やかで大きな国でした。大陸とも行き来していました。・・ですが・・・卑弥呼様がなくなった後、王の座を巡って争いが起きました。・・国の中がいくつかに割れ、時には大陸からの渡来人が、ある時は隣のアナト国の王が攻めたり・・・私たち王一族も、何度か命を狙われました。それで、正当な邪馬台国の王の血筋を守り続けるために、九重の山深くに隠れ住んだのです。」
ナギが続けて話した。
「私は、ウスキの村に立ち寄った時、村の長老より伺いました。・・ヒムカの王が代わり、兵を持って周囲の村々を服従させ始めた時でした。・・長老は、ウスキもいずれはヒムカの国に支配されるようになる、今のうちにより遠くへ姫を隠さねばならないと言われました。」
「ならば、ナミ、お前が卑弥呼様の血を継ぐものだと言うのか?」
長老が尋ねた。
「いえ・・邪馬台国の姫は、イツキの母セツ様です。セツ様をお守りするために、私がナギ様とともにこの村に参ったのです。・・ナギ様はその事を承知してこの村までお連れくださいました。」
「なぜ、今までその事を黙っておったのじゃ。」
長老が尋ねた。それには、ナギが答えた。
「邪馬台国の王の血筋のものがいるとの噂が伝われば、ヒムカの国や火の国・・いや、今の邪馬台国がここへ攻めて来る事も考え、ずっと秘密にしておくほうがよいと二人で決めたのです。」
ナミが、ナギの手を握って、皆に頭を下げるようにしながら言った。
「・・セツ様が亡くなったあと、しばらくは、イツキはナレの村の娘として静かに生きるほうが良いのだろうと思っておりました。王の血筋など絶えても良いのではないかと・・・・・。」
そこまで話を聞いていた巫女セイが口を開いた。
「カケルじゃな。・・・村の者もみな感じておるだろう。カケルは並みの人間にはない定めを背負っておるようじゃ。・・獣を友にし、古き書を読み、泉を見つけ、剣を作り、立派な体を持っておる。ワシも、あの剣の力を見るにつけ、カケルは、いずれ何か途轍もない事をするのではないかと思うのじゃ。・・・」
そう聞いて、ナミは涙ぐみながら答えた。
「はい、セイ様。・・・あの二人になら、乱れた邪馬台国を今一度豊かで穏やかな強き国にできる、・・・ウスキの一族の悲願を、あの二人なら叶えてくれるのではないかと思うのです。」
「だが・・道は険しく、遠いぞ。・・ヒムカの国も、アラヒコの話では以前よりもさらに兵を増やしていると聞く。今しばらくここに置き、カケルがアスカケから戻ってからでも良いのではないか?お前の身も、病で厳しい時なのだから・・。」
「カケルはきっとここへは戻らぬでしょう。それに、イツキにはもうこの話をしております。二人とも、アスカケに出る覚悟は出来ております。・・私の命はもう長くありません。ですから・・今、二人が旅立つ姿をこの目に焼き付けておきたいのです。」
ナミの命を削るような願いと決心を知り、村のものは何も言えなかった。
「わかった。もう何も言わぬ。・・・試しの儀式には、イツキも呼びなさい。」
長老はそう言って、儀式の最後の準備を始めた。

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