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-九重の懐‐11.美郷の村 [アスカケ第2部九重連山]

11. 美郷の村
蛇行する川沿いを歩き、一晩、野宿して翌日の昼頃には、村が見えてきた。村は、ミミ川から二段ほど高いところの広い台地にあった。広い農地があり、豊かな村のように思えた。
村に近づくと、田んぼの中で草取りをしている村人が居た。見慣れぬ若者に警戒心を持って、じっと5人の動きを見張っているように、じっと見ている。ゆるい坂道を上がったところで、男が声をかけた。
「お前たち、何者だ!ここに何の用だ。」
男は鍬を片手に威嚇するような仕草を見せた。カケルがすぐに応えた。
「私たちは、ミミの浜から・・クグリ様の母様を訪ねてまいりました。」
「何?クグリ?・・・クグリの知り合いなのか?クグリはどうした?・・まあ良い、すぐに来い。」
クグリの名を聞き、その男は態度を変えた。そして、駆ける様に村の中に入って行った。
カケルたちも男の後を追った。村の奥に、小さな家があり、村人たちが数人集まっていた。
先ほどの男が、家の中から慌てて出てきて、「さあ、早く来い、こっちだ。」と手招きした。カケルたちは訳もわからず家の中に入った。
家の中には、女たちが床に伏した老婆を取り囲んでいた。
「ちょっと開けてくれ。」
先ほどの男はそう言って女たちを分けて、カケルたちを座らせた。
「おい、判るか?クグリの知り合いだ。・・・・おい、クグリの知り合いだろ。クグリはどうしたんだ。母様がこんなになってるんだ・・・さあ、クグリの事を教えてくれ!」
カケルたちは困った。目の前の女性は、クグリの母だが、すでに命の火が消えようとしている。そんな時に、クグリの死を伝える事は出来なかった。
「おい、どうしたんだ。・・クグリの知り合いじゃないのか?」
ユキが応えた。
「私はユキ。クグリ様の妻です。お腹にクグリ様の赤ちゃんがいます。」
その声が聞こえたのか、老婆の手が、すっと伸びてきて、ユキの手を捜しているようだった。ユキは、その手を強く握り締めた。すると、老婆は、涙を一筋流した。
「これ、クグリ様から預かりました。元気になってくれと・・クグリ様がミミの浜で取った貝の干物です。母様が喜んでくれるだろうと・・・」
ユキの隣にいたトシが、荷物の中から包みを取り出して、クグリの母の手に握らせた。
クグリの母は、ほとんど声にならない声で、
「あ・・り・・が・・と・・う・・」
そう言ったように聞こえた。そして、一つ大きく息をして、ゆっくりと吐き出して静かになった。
「おい!おい!しっかりしろ!」
その老婆は静かに息を引き取った。周りを囲んでいた女たちがわあわあと泣き出した。
ユキは、その場でじっと手を握ったまま、涙を零した。
カケルとエン、そしてトシは、そっと席を立って外に出た。先ほどの男が後を追って出てきた。

「俺は、タツ。この村の守人だ。・・さっきの話は本当か?」
カケルたちは、ミミの浜でクグリと出会い、ヒムカの兵に殺された事、そして、妻になるはずだったユキの願いでこの村まで連れてきた事を説明した。
「そうか・・・クグリはミミの浜に居たのか・・・・ふた月ほど前だったか、婆様がクグリの夢を見たと言っていたんだ。クグリは、最後に母様に会いに来たのだな。」
「クグリ様の母様は・・・・」
「いや、クグリの夢を見たといった後から、時々、体の調子が悪いと寝込んでしまって・・ここ数日は、ほとんど食事も取れなくなって・・・昨日は、返事もできないほどに弱っていたんだ。」
それを聞いて、トシが、「もう少し・・早く来ていれば・・・」と嘆いた。
「いや・・間に合って良かったんだ。婆様はクグリが死んだ事を判っていたようだったからな。」
タツはそう言って涙ぐんだ。
「今頃、空の上で、クグリ様と母様は会われているはずさ。きっと。」
カケルは空を見上げ、悲しみを堪えるように言った。

翌日には、村の皆が集まって、クグリの母の弔いが行われた。クグリの母の亡骸は甕に入れられ、村の墓地へ葬られた。ユキは、墓に小さな花を供え、浜を離れる時に懐に忍ばせてきたクグリの髪を一緒に甕の中に入れた。
「お腹の子はちゃんと産んで育てます。見守ってください。」
ユキは、強い決意を込めてそう言った。

弔いが終わり、エンはカケルに訊いた。
「これからどうする?ここに、ユキ様を置いていくのか?」
「・・・それは・・ユキ様自身で決める事だろう。・・」
「そうだな・・この村に来ると決めたのもユキ様だからな。」
トシは悩んでいた。ここにユキを置いていくのには抵抗があった。村人の助けはあるだろうが、誰一人身内のものはおらず、心細い思いをするだろう。クグリの命を奪った罪を償うためにも、ユキを守る事が自分の役目だと決めていた。しかし、兄との約束もあり、モロの村へ戻らねばならない。
旅支度を始めたカケルたちを見ながら、なかなか動けないでいた。
その様子を見て、イツキがトシの気持ちに気付いた。そして、ユキのところに行き、訊いた。
「ユキ様、これからどうします?・・私たちは、そろそろウスキへ向います。この地へ残りますか?」
ユキも迷っているようだった。自分で美郷へ来る事を決めたのだが、クグリの母も亡くなり、この地で生きるにはあまりにも心細かった。ユキはすぐには答えられなかった。
「・・モロの村に行きませんか?・・どんな村かは知らないけど、そこならトシ様も居る。一人でここに居るより、心強いのではないですか?」
イツキの言葉に、トシが立ち上がった。
「そうだ、それが良い。モロの村は、ここよりももっと大きいし、俺の母様が居る。力になってくれるはずだ。そして・・子が生まれたら、また、この地へ来れば良い。・・ほんの二日、歩けば来れる。そんな遠くない。・・俺がきっとまた連れてきます。・・そうしましょう。ユキ様。」
胸の中にずっと迷っていた事を吐き出すかのように、トシはまくし立てるように言った。
カケルもエンもその勢いに驚いた。そして同時に、トシの気持ちに気付いたのだった。
「でも・・」
ユキは躊躇いがちに答えた。
「それが良い。ここに居るより、トシ様の傍に居たほうが何かと便利だよ。重いものは運んでくれるし、優しいし、きっと困ったことがあったら、何でもしてくれるし・・それに、トシ様もそのほうが嬉しいだろ。」
エンが、ちょっとわけのわからない理屈でユキに言った。イツキが怒った調子で言った。
「エン!何、訳わかんない事言ってるの!あなたは口を挟まないで!」
ユキは、エンの言葉で迷いが消えたように感じて、
「私・・トシ様とともにモロの村に行きます。私もそのほうが安心です。良いですか、トシ様。」
トシは、喜んだ。そして、背負子を差し出して言った。
「よし、じゃあ、行きましょう。さあ、乗ってください。」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと自分で歩きますから。」

耳川.jpg

タグ:耳川 美郷
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