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-九重の懐‐10.ユタの決意 [アスカケ第2部九重連山]

10. ユタの決意
センは、晴れた空を見上げては、時折ため息をつくようになった。ユキやセンには、その理由が何か、わかっていた。ユタも、出発の支度をしながら、同じようにため息をつくようになっていた。

「明日、出発する。美郷までは二日もあれば着くだろう。」
ユタがぼそっと言った。センは、それを聞いて小さく「はい」と答え、すっと家を出て行った。
外には、蝉の声が聞こえ始めていた。センは、川を見下ろせるところにある大杉に隠れるようにして、声を殺して泣いた。
「セン様・・・」
イツキは、家から出てくるセンを見つけ、そっと近寄って声をかけた。
「セン様、良いのですか?」
センはただ首を横に振るだけだった。

朝を迎え、いよいよ出発となった。ユタが、妙に苛立っているのが、カケルにも判った。イツキは、センが泣いていた事をカケルに話していた。
「さあ、行こうか。」
ユタは、荷物を背負った。
「良いんですか、ユタ様。」
カケルが口を開いた。ユタは返事をしない。エンは何の事か判らず、少し間抜けな声で訊いた。
「何か忘れ物かい?・・夕べ、しっかり荷造りはしたはずだが・・・弓は持ったし、食い物も・・」
その言葉に、緊張が解けたのか、センが言った。
「ユタ様、私も・・連れて行ってください・・。」
「ダメだ!お前はここに居るべきだ。今まで村の人に世話になったんだ。これからも恩返しをするんだ。」
ユタが強い口調で言った。
「ユタ様の傍に居たいんです。」
センはもう泣き出していた。
「ダメだ!」
ユタも涙ぐんでいた。
ひと月もの間、ともに暮らしてきた事で、センは、子どもの頃ともに過ごしてきた日々を懐かしく思い出し、ユタへの強い想いを確信していた。ユタとともに生きていきたい、強く願っていた。ユタも、同じ想いだった。だが、カケルたちとともに、ユキを美郷まで送り届け、モロの村に戻る約束を果たすことが自らの罪の償いだと思っていた。
「ユタ様、あなたの生きる道は、どこにあるのでしょう。」
カケルが言う。
「モロの村に戻る事だけではないでしょう。今までの罪の償いをしようと思っているなら、ここに残ってください。・・セン様とともに生きるのもあなたの生きる道ではないですか?」
「しかし・・この先の案内や・・ユキ様を送り届けて・・」
「いえ、それは違います。もともと我らはアスカケの旅。自ら道を探り、問い。迷い、出来る事を一生懸命に行う事を選んでいるのです。・・ウスキまでの道は、自分たちで見つけ、行かねばなりません。ユタ様達に頼る事は間違っているのです。・・この地で、この村のために生きる事もあなたの役目だと思います。」
イツキも言った。
「これまでこの村には随分お世話になりました。このまま、旅立つのは何も恩返しできないことになります。それでは私たちも行けません。・・セン様はあなたが必要なのです。そして、この村も同じではありませんか?・・ユキ様は、私たちとトシ様でちゃんと送ります。さあ。」
トシもそのこと歯を聞いて、
「兄者、俺もそう思う。小さい時からずっとともに生きてきた、センをここに置いていくのは俺も辛い。だが、センを連れて行くことは、この村には申し訳ない。なら、兄者がここに残って、村のために、センのために働いてくれ。大丈夫、ユキ様はちゃんと俺が送る。ほら、背負子だってある。歩けなくなったら、これで担いででも行ける。なあ、兄者。」
ユキも言った。
「私は、クグリ様を亡くし、この先、生きる気力さえもありませんでした。でも、この村に来て、皆さんによくしていただいて、今は、美郷の村で強く生きるつもりです。もし、罪の意識をお持ちなら、この村でセン様とともに生きてください。」
皆に言われて、ユタはぽろぽろと涙を零した。そして、ゆっくりと荷物を降ろした。
「ユタ様!」
センがユタに駆け寄り、寄り添った。
「判った・・判りました。皆さんの気持ち、ありがたくお受けします。ここで、センとともに生きる事にします。」
皆、ほっとした表情で、顔を見合わせた。
「俺から、ユタ様に渡したいものがあるんだ。」
エンが、背中に背負ったものを渡した。
「・・いや、こうなるとは思っていなかったんだが・・・ちょうど良い。俺が作った弓だ。俺の父様は弓作りの名人なんだ。おれも小さい時から弓を作ってきた。・・ここに来た時、良い木を見つけたんで、作ったんだ。ユタ様は、俺と同じくらいの背格好だから、きっと調子は良いはずだ。猟に使ってくれ。」
「これは・・見事な弓。・・これなら、ヒムカの剣には負けません。ここに兵が着ても、これがあれば蹴散らしてやれます。」
「戦はダメですよ。・・」
カケルがちょっと渋い顔で言った。

「じゃあ、改めて出発とするか!」
エンは、ユタの下ろした荷物を背負って、大きな声で言った。
「美郷までの道中、しっかり案内するのだぞ。トシ!」
「ああ、大丈夫だ。一本道だから迷う事は無い。さあ、行きましょう。」
カケルたち一行は、トシを先頭にして、村を出た。階段を下り、川岸の道から見あげると、木々の間から、村人たちが手を振って見送ってくれた。

しばらく、川岸に沿って一本道が続いていた。
「なあ、セン様はあんなにユタ様のことを慕っていたのなら、どうして嫁に行ったんだ?」
エンが歩きながら、トシに尋ねた。
「・・さあ、俺もびっくりしたんだ。・・兄者が嫁入り先を決めてきた時、センは何も言わず従ったんだ。」
「わかんないなあ。」
梅雨の晴れ間.jpg
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はくちゃん

こんばんは
ご訪問いただきありがとうございます
これからもよろしくお願いします

by はくちゃん (2011-05-12 19:36) 

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