SSブログ

-九重の懐-9.ユキ [アスカケ第2部九重連山]

9. ユキ
 村に来てから、ずっと、トシはユキの様子を気にしていた。村に滞在して七日ほどして、ユキの体調が随分と良くなった。最初は、食事をするとすぐにもどしてしまうことが続いたが、徐々に治まってきていた。
 ある日、ユキが横になっているところに、赤子を抱いたセンとイツキが戻ってきた。
「ユキ様、お加減は如何ですか?」
イツキが、いつものように訊いた。
「ええ・・今日は随分楽です。・・・食事も取れましたし・・」
センは、ユタから松原での事を詳しく聞いたらしく、ユキに言った。
「ユキ様、・・・・クグリ様の事、お聞きしました。私も、夫を亡くした時、尋常ではいられず、しばらくは、何も出来ないほどでした。お辛かったでしょうね。」
ユキの脳裏には、あの時の光景が今でも鮮明に残っていた。
眼を閉じると、いつも、クグリの顔が浮かんできて、思わず涙が零れそうになり、我慢するのが辛かった。
「・・・今でもまだクグリ様が傍に居てくださるように感じる時があって・・・思い出すと・・・」
そう言いかけて、ユキは言葉を詰まらせた。
イツキが言う。
「・・カケルが、・・・人は死ぬと魂は風になるのだと言っていました。母様の言葉ですって。・・だから、私もきっと、クグリ様がいらっしゃるはずです。」
その言葉に、センが言った。
「そう・・魂は風になるの・・・そうね・・・・、そうよね。」
センは、ユキの手を取り、そっと涙を零していた。
「だから、私は、美郷の村へ・・クグリ様の故郷へ行こうと思います。・・私が行けば、クグリ様の魂も、一緒に故郷に戻れるのではないかと・・・」
「そうね・・きっと、そうね。」
「それに・・・」
ユキは、何か大事な事を言おうとして、迷っているようだった。
「ねえ、ユキ様・・あなた、ひょっとしてお腹に赤ちゃんが・・」
センは、ユキの様子を見ていて、もしやと考えていた。自分も身篭った頃、随分辛い時期があったのを思い出していたのだ。
「えっ?赤ちゃんが?」
イツキが驚いて、ユキの顔を見た。ユキは、小さく頷いた。
「まあ・・やっぱり・・・それなら、今は無理は出来ないわ。・・でも、・・そう、梅雨が明けるくらいには元気になるはず。・・・生まれてくる子のためにも、しっかりしなくちゃね。」
「はい。・・きっとクグリ様も喜んでくださるはず。・・いえ、生まれてくる子は、きっとクグリ様の生まれかわり。この命を守るために、クグリ様は・・」
そう言い掛けて、ユキは思わず涙が零れそうになった。

ちょうど、仕事を終えて、ユタとトシが戻ってきたところだった。
入り口で、ユタとトシは、話を聞いてしまった。トシが、いたたまれず戸口から家の中に入った。そして、頭を地面にこすり付けて言った。
「許してくれ・・俺はとんでもない事をした。・・・許してくれ!」
突然の事に、ユキもセンもイツキも驚いた。ユタも、トシの横に並んだ。そして、
「許してくれ・・・トシのせいじゃない。俺のせいなんだ・・・。」
「どういうこと?」
二人の様子に驚いたセンが尋ねた。
「ユキ様が、松原の家に隠れている事を、・・ヒムカの将モロに教えたのは・・俺なんだ。俺が教えなければ、クグリ様は命を落とす事は無かったんだ・・」
「いや、兄者のせいじゃない。俺が・・見つけたんだ。あの家に入っていくユキ様を・・それを兄者に話してしまったんだ。兄者に話さねば・・・・許してくれ・・ずっと、ここに来る前からずっと、その事をいつ話そうかと思っていたんだ・・・。」
トシは、耳の浜を出る時から、ずっと罪の意識に苛まれていたのだった。ユキを背負いながら、その重みを自らの罪の償いと受け止めていたに違いなかった。ユキが妊娠している事を知り、クグリの命を奪っただけでなく、生まれてくる命を育むはずの愛をも、奪ってしまった事に、さらに強い罪の意識を感じたのだった。
トシは、地面に突っ伏したまま、わあわあと声を上げて泣いた。ユタもトシの肩を抱いて、「済まない、済まない」と繰り返し,謝った。
ユキは、二人に、恨みは湧いて来なかった。それよりも、自分がクグリのところに匿われなければ良かったはずなのだと、自分を責めた。
「・・もう・・やめてください。・・私がクグリ様のところに行かなければ良かったのです。・・すべては私のせいなのです。・・お二人に罪はありません。・・」
そう言って、顔を伏せて泣いた。
ちょうどそこへ、カケルとエンが、魚を抱えて戻ってきた。ユタやトシ、そしてユキまでも泣いている様子に驚いて、イツキに事情を聞いた。
カケルが言った。
「・・もう過ぎた事を考えるのはやめましょう。・・・きっと全てが定めですから・・誰を責めてみても、もう戻れはしないでしょう。・・・我らは今、アスカケの途中です。アスカケとは、自分の生きる意味を問う旅。・・きっと、ユタ様たちにも生きる意味を問われているのではないでしょうか。・・・」
「生きる意味?」
「人はそれぞれに、為すべきことがあるのです。きっと、ユタ様にもトシ様にもユキ様にも、それぞれあるはずです。それを見つけるために、今、出来る事を一生懸命にやるのです。」
「そうです。きっと、ユキ様はその子を無事に産み育てる事でしょう。ユタ様やトシ様は、ユキ様を美郷まで無事お連れすることです。・・私はその旅立ちをお助けする事・・・ね、そうですよね。」
センは、強く頷きながらそう言った。

ユキが妊娠している話は、村の人たちにも伝えられた。その日から、村の人たちも時折、センの家に来るようになり、滋養のあるものを食べなさいといろんなものを届けてくれるようになった。カケルたちも、魚取りに一層励んだ。イツキは、機織に精を出し、生まれてくる赤子のために必要なものを作った。
そうやって、生まれてくる命を守るために、皆が協力しあった。

ひと月ほどが過ぎ、梅雨空に晴れ間が覗き始めた。
そろそろミサトの村へ出発する事を考え始めていた。ユキはすっかり体力も戻り、しっかり動けるようになり、皆とともに仕事をし始めた。トシは、そんなユキを気遣って、ユキが何かしようとするとすぐにやってきて手伝うようになっていた。
小丸川.jpg
nice!(11)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0