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-九重の懐‐8.耳川 [アスカケ第2部九重連山]

8.耳川を上る
翌日は、朝から曇り空であった。そろそろ梅雨の季節に入る頃になっていた。
「振り出す前に、村に着きたい。」
道は蛇行する川に沿うように続いている。最初は平坦だったが徐々に急坂が続くようになった。ユキは、昨日と同じく徐々に歩みが遅くなる。終には、トシに背負われた。
「済みません、迷惑を掛けてしまって・・重いでしょう。」
トシはじっと口を閉ざしたまま、首を横にふり、一歩ずつ足を進めた。
「少し休もう。・・あと少しで着く。」
川幅は随分狭くなり、流れも速くなってきていた。目の前の流れを見ていたカケルが、急に立ち上がった。
「エン、魚をとろう。」
そう言うと、服を脱ぎはじめ、矢を銛代わりに持って、流れに飛び込んだ。
ナレの村に居たころは、毎日のように川に潜り魚を獲っていたのを思い出し、懐かしさが湧いてきたのだろう。エンも、同じように川に飛び込んだ。
川の中には、たくさんの川魚が泳いでいた。特にこの時期は、鮎が遡上をはじめ賑やかになっていた。久しぶりの川潜りでカケルは懐かしいナレの村の西の川を思い出していた。ただ無心に魚を追い回していたあの頃。父や母に喜んでもらいたくて、日暮れ近くまで、魚を取っていた頃が懐かしかった。アスカケに出て、多くの人と出会い、多くの事を知り、悲しみや苦しみを知った。そして、人を殺めてしまった。何か、黒い塊が胸の奥に溜まっていくようで怖かった。
いくつか魚を捕え、岸辺に上がってきたカケルには、昔のような笑顔は無く、虚しい表情を浮かべていたのだった。その様子を見て、イツキは、胸が詰まってぽろぽろと涙をこぼした。
「どうされたのですか?」
ユキが訊いた。
「いえ・・何でもないわ・・ちょっと、故郷が懐かしくなって・・・。」
獲れた魚は、川辺で焚き火を起こし、焼いて食べた。

「では、あと一息です、急ぎましょう。雨にならぬうちに・・」
ユタがそう言って立ち上がる。ユキは、「もう大丈夫だから」と言って歩き始めたが、すぐにまたふらふらし始め、トシに背負われた。日が傾き始めた頃、目指す村が見えた。
川に突き出すように、山の稜線の先が伸び、小高い山になっていた。ユタは、「この上に村はある」というのだが、切り立った崖が村に入るのを拒んでいて、高い木々しか見えず、村への入り口が見当たらなかった。
「こっちです。」
ユタは、崖を回りこみ、川岸を案内した。急な崖に張り付くように狭い階段を上っていった。そこは、小さな小さな村があった。何処かナレの村に似ていた。ユタが先導して村に入ったが、誰の姿もなかった。そのうちに、激しい雨が降り始めた。
「困ったな・・・」
どうしたものかと村の中で立ちすくんでいると、子どもを抱えた若い母親が、畑仕事を終えたところなのか急いで戻ってきた。そして、立ちすくんでいる一行を見て恐る恐る声を掛けた。
「兄様?・・・ユタ様ですか?」
その声に振り返ったユタカが、
「おお、センか?・・トシもいる。・・助かった。・・カケル様、こいつがモロの村からここに嫁いだ娘、センです。」

とりあえず、娘の家に入った。囲炉裏に火を入れ、皆、濡れた衣服を乾かした。
「こんなところまで・・兄様・・どうして?」
ユタは、これまでのいきさつを話して聞かせた。

「そうですか・・・でも、これから梅雨に入ります。ここから先は、雨が降り続くと通れない道ばかりです。ひと月ほどは動けないでしょう。それに・・ユキ様・・この具合では、とてもモロの村から先へ行くのは無理でしょう。しばらく、この村に居たらどうですか?」
センは、村に留まるように勧めてくれた。
カケルたちも、ユキの具合は気になっていた。
「しかし・・」
ユタが心配気に言った。
「大丈夫です。・・ここは、外から人が来る事など滅多にありません。・・ヒムカの兵も来ません。梅雨が明けるまで、ここに居てください。・・ねえ、いいでしょう、兄様?」
カケルもエンも、横になっているユキの様子を見て、センの提案を受ける事にした。
イツキは、センがユタの事を兄様と呼ぶのに疑問を持ち、尋ねてみた。
「ねえ、セン様?ユタ様とは・・」
「ええ、私が小さい頃から一緒に。・・・・父と母を早くに亡くし、ユタ様の母様に私は育てていただいたんです。」
「いつも俺の後には、トシとセンが居たなあ・・トシは少しのろまだが、センは頭も良くて、何でもすぐに覚えて・・。この村への嫁入りも、俺が見つけてきたんだ。なあ・・」
センは、その言葉に少し曇った顔をした。
「はい・・。私はずっと兄様の傍にいたかったんですけど・・兄様がどうしても言われたので・・・・私には、兄様は大事な人なんです。」
イツキは、自分の境遇と似ていると感じた。そして、センがユタを慕う気持ちも良く判った。
「ところで、婿様はどうした?」
ユタがセンに訊いた。
センは一瞬答えに困った表情をしたが、話さざるを得なかった。
「去年の夏・・・下の川で漁をしている時に、流されてそのまま行方知れずです。・・泳ぎは達者だったのに・・・・村の子どもが流されて、助けようと深みまで行ってしまって、子どもは何とか岸に帰ってきたのに・・あの人はそのまま・・・。」
その時の悲しみを思い出し、センは、涙した。
「そうか・そうだったのか・・・ならば、その後はお前一人、赤子を抱えて暮らしてきたのか。」
「ええ・・でも、村の人が優しくして下さって・・だから、大丈夫です。」
ユタは、じっとセンを見つめた。
その日から、村の仕事を手伝いながら、梅雨明けまで村に留まる事になった。
カケルとエンは、得意の魚とりをやった。増水した川では、潜り漁は難しかったが、竹を使って簗を作り、川魚を取った。イツキは、機織を手伝った。ユタとトシは、村の普請に精を出した。村人たちも、すっかり皆を信用し、心を開いてくれた。

鮎1.jpg
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