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-九重の懐‐7.漁師の知恵 [アスカケ第2部九重連山]

7.漁師の知恵
「そうか・・だが、戦は駄目です。多くの命を失くす事になります。多くのミコトが命を落とせば、村の女、子どもも厳しい暮らしに耐えねばなりません。それでは、何も変わらない。それよりも、ヒムカの兵はほとんどが周囲の村から集められたミコト達。皆が、村に戻っていけば、戦わずして、ヒムカの王の力は弱まります。」
「しかし、今はまだ、兵が村々を襲う事は間違いない、戦わねば殺されるだけだ。」
エンは、カケルの話に納得しながらも、より現実的な見方をしていた。
「それに、俺たちだって、きっと追われる。美郷に着く前に捕えられれば終わりだ。」
「そうだな・・・」
カケルは考え込んだ。命を奪う事の重さを誰よりも判っているカケルは、戦いを避け、無事にウスキへ着く方法を考えていた。
「俺たちが、上手くやりますよ。俺たちは地元の漁師だ。誰よりも海を知ってる。・・そうだ、ユラを殺した男が舟で沖へ逃げたと噂話を流しましょう。きっと、ミミの浜に居る兵は、すぐに沖へ舟を向けるでしょう。・・舟を動かしているのは皆俺たちと同じ浜の漁師。しっかり話を伝えて、戻れぬほどの沖へ船を進めましょう。その間に、カケル様たちは、美郷へ向ってください。」
「しかし、村を通らず、ミミ川を登るのは厳しいぞ。」
「それなら、大丈夫です。道案内は俺たちがやります。なあ。」
先ほどのモロの村のミコトが、隣に居た男に確認するように言った。
「ああ・・ひとつ、山を越えることになるが、それほど険しい道では無い。」
「よし、話は決まった。なあ、カケル!」
エンがカケルに訊いた。
「・・いや・・だが・・」
カケルはまだ何かに迷っているようだった。イツキがカケルの考えている事に気がついた。
「ユキ様の事で迷っているのね?」
「ああ・・このまま、ここに置いてはいけないだろう。・・だが、ミミの浜に戻るのも・・」
ユキは、カケルの顔を見て答えた。
「私、美郷に参ります。・・クグリ様の代わりに、村のために働きたいのです。・・確か、クグリ様の母様がいらっしゃると聞きました。」
「そうか・・・それも良いでしょう。しかし、厳しい道程です。大丈夫ですか?」
ユキは決意したように、強く頷いた。
皆、旅立ちの支度をした。
ユキは、クグリの亡骸から、頭髪を切り取り、布に蒔いて懐に入れた。そして、焼け落ちた家の脇に穴を掘り、クグリの亡骸を手厚く埋葬した。
ミミの浜の漁師たちは、二手に分かれた。
一組は、クグリの舟を使って沖まで漕ぎ出し、ミミの浜の沖に浮かぶ「帰らずの島」まで行き、島に身を潜めることにした。
もう一組は、村に戻り、「ユラが殺され、大男が沖へ逃げた」と触れ回り、兵たちを海へ出させる手筈を取る役になった。同時に、ヒムカの王の悪行で、近隣の村人が苦しめられている事を仲間たちに広め、将から離れるように説得する事になっていた。

カケルとエン、イツキは、ユキを連れて、モロのミコト達の案内で、ミミの浜の西に広がる山を目指した。日暮れまでに、山を抜けて、ミミ川の畔に出る予定だった。

モロの村から来たミコトは、兄弟で、ユタとトシといった。
兄ユタは、細身で小柄で身のこなしがすばやく、道先案内を買って出た。
弟のトシは、大柄で力持ち、皆の荷物を抱えて、急な山道をものともせずに進んだ。
小さな山をひとつ超えようとした時、遠くに海が見えた。浜の漁師たちが言ったように、大型の舟が2艘、沖へ出て行くところだった。
「どうやら、うまくいったようだな。」
エンが言った。カケルたちも立ち止まり、遠くの沖を眺めた。その先には、小さな小島が二つ並んでいるのが見えた。
「あの島が帰らずの島らしい。潮の流れがきつくて、あそこは沖へ向けて舟が流され、戻ろうとしてもなかなか戻れない。たぶん、あそこまで行って、漁師たちは海に飛び込んで島へ逃げるんだろう。・・ヒムカの将だけでは、あの舟は操れない。そのまま随分沖まで行くだろうよ。」
ユタカが教えてくれた。そして、
「ほら、そこに、ミミ川が見える。もう少し行けば、楽な道になる。もう少しだ。日暮れ前までには、この山を下りなければ・・」
そう言ってから、さらに足を進めていった。
狭い山道を一列に並んで歩いていたが、徐々に、ユキの足が遅れてきた。随分、顔色が悪くなっている。すぐ後ろをトシが荷物を抱えて歩いていたが、ユキがふらふらと歩き始めた事に気づいた。
「兄者、ちょっと待ってくれ。ユキ様の様子がおかしいんだ。」
トシの声に皆が止まった。すると、ユキがその場にふらふらと座り込んだのだった。
「どうしたの?大丈夫?」
イツキが駆け寄った。
「すみません・・・数日前から、具合が悪くて・・・。すぐに気持ちが悪くなるんです。少し休めば、元気になりますから・・」
まだ、山の麓の道までは距離がある。ここでは身を隠せる場所も無く、暗くなれば道を見失う。先を歩いていたユタカが、トシに言った。
「ここで止まっているわけにはいかない。・・トシ、ユキ様を背負って来い!」
カケルたちは、荷物を手分けして持ち、トシは、ユキを背負った。
大きな熊のような巨体のトシには、ユキを背負うくらいたわいも無い事だった。
皆は何とか、日暮れ前に山の麓近くまで降りてきた。
「ここまで来れば、兵たちにも見つかることはないでしょう。今日は、ここで休みましょう。」
ミミ川は広くゆったりした流れだった。蛇行した川が削った岸に降りると、皆が休むのに丁度いいくらいの洞があった。
手分けして、落ち木を拾い集め、火を起こした。
トシに背負われてきたユキは、随分、具合が良くなっていた。
「明日一日歩けば、小さな村に着くはずです。・・そこに、モロの村から嫁いで来た娘がいます。きっと力になってくれるでしょう。」
ユタカが、薪を火に入れながら言った。その日は、皆、疲れてしまって早々に眠った。

美々津.jpg

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