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-九重の懐‐12.トシの母 [アスカケ第2部九重連山]

12. トシの母
美郷の村に別れを告げ、カケルたちはトシを先頭に山道を進んだ。
川幅は徐々に狭くなって、両岸の山も切り立つほどになってきていた。蝉の声が谷に響いている。
モロの村は、美郷から二日ほどで着けるところにあった。
村が近づくにつれて、何故かトシの顔が曇り始めてきた。そして、川岸から離れ、しばらく山道を登った後、小さな峠道を越えた時、トシが口を開いた。
「あそこがモロの村だ。」
峠から見えるモロの村は、これまで見た村の中で最も大きいものだった。幾重にも柵が張り巡らせてあり、小さな家がいくつかに分かれて固まるように建っていた。見える範囲には、いくつもの田んぼと畑があった。しかし、大きな館は見当たらない。小さな村がいくつも集まって共同体を作っているようだった。
峠道をくだり、田んぼの広がる川岸から、長い石段を登って行った。多くの村人が、田んぼや畑で仕事をしていた。村人は、石段を上がってくる一行に目をやっては、巨漢のトシに気付いて、声をかけた。
「トシ、戻ってきたのか。母様は上じゃ。」
「トシじゃないか。もう戻ってきたのかい。母様は機嫌が悪いぞ。」
「トシ、母様に怒られに来たのか?」
村人は、皆、トシを知っていた。
「なあ、お前、随分人気者なんだな。」
エンがからかう様に言った。
トシは、返事もせず、ぐっと何かを堪えるように石段を登って行った。
一番高いところの集落に到着した。ここが村の中心のようだった。
何だかトシは落ち着かない様子で、辺りをきょろきょろしていた。
「どうしたんだ、トシ?」
「いや・・母様は・・」
トシがそう言い終わらない内に、集落の外れから、響き渡り様な声がした。
「おーい、トシ!トシじゃないか!・・こんなに早く戻ってきて、どうしたんだい?」
声のするほうを、皆が見ると、トシに負けないほど大きな体の女性が立っていた。どうやって積み上げたのか判らぬほどの薪を背負って、手を振りながら近づいてきた。
「母様、ただいま戻りました。」
「おや、ユタはどうした?一緒じゃなかったのかい?」
「兄者は・・途中で別れました。センの居る村に残って、そこで生きると・・」
トシは、何かいつもにもまして小さな声で答えた。
「センのところに居るのかい?・・まあいいか・・それで、この方たちは?」
「・・ああ、ええと・・カケル様、エン様、イツキ様・・そして、ユキ様です。ミミの浜で・・会って・・一緒にこの村に・・・しばらく、ここに居てもらっても良いでしょう。」
「そうかい・・ああ、ずっと居てもらっても構わないさ。さあ、家に帰ろう。」
トシの受け答えから、トシが母様をとても怖いと思っている事がよくわかった。
後ろを歩きながら、エンが小声で、トシに訊いた。
「トシ様は、母様が怖いのか?」
トシは真っ赤な顔になって、首を横に振った。
トシの母は集落の中を歩きながら言った。
「ちょっと、みんな、手伝っておくれ。」
そう言うと、背負った薪を、通り過ぎる家の前で少しずつ降ろした。カケルたちは不思議に思いながら、家々の前に積んでいった。自分の家に着くころには、背負った薪はほとんど無くなっていた。
こじんまりした家の前で、背負子を降ろすと、トシの母は、どっかりと座り、皆を見回して言った。
「私はモリ。ユタとトシの母だ。・・・まずは、みんなの名前を覚えなくちゃあね。」
カケルから順に、名のり、挨拶した。
「みんな、ちゃんとした挨拶が出来るじゃないか。それに、高千穂の峰の南なんて、随分、大変だったろう。まあ、しばらくゆっくり休んでいくがいい。じゃあ、まず、トシからだ。お前は、ユタとともに、ノベの村へ行ったんだろ?」
トシは、これまでのいきさつをゆっくりと話した。
それを訊いたモリは、ため息をついて言った。
「だから、ヒムカの兵にはなるなと言っただろ。・・人を殺めるために、そこまで大きくしたんじゃないんだよ。・・・ユキ様、すまなかったね。いや、謝っても許してはもらえないだろうが・・せめて、ここに居る間は、精一杯お世話させてもらうからね。」
モリは、そう詫びて、涙を零した。
ユキがおそるおそる口を開いた。
「私のお腹には、クグリ様の子がいます。・・クグリ様の里で産み育てるつもりでしたが、もうクグリ様の母様も亡くなってしまって・・・一人で暮らすには心細くて、トシ様とともに参りました。・・ここで暮らせないかと・・・。」
モリは全てわかったという表情を浮かべて、笑顔で言った。
「なんだい、そうなのかい。・・ああ、ここで暮らせばいいよ。トシは、体は大きいが心根は優しいんだ。ユキ様の事をずっとお守りさせてもらうよ。ユキ様さえ、良ければ、トシを婿にしてやってくださいな。」
「・・いえ・・そんな・・私は・・」
トシは、隣で真っ赤な顔をしていた。
「あらあら・・そんな・・まあ、そのうちで良いんだよ。まずは、ユキは、元気な子を産むことさ。私が力になるよ・・いや、村の者も大歓迎だよ。・・辛かっただろうが、良くここまで来た。ここに居れば何も不安はないさ。次は、カケル達だね。・・これからどうする?」
カケルはじっとモリを見て、慎重に答えた。
「私たちは、この先に進まなくてはいけません。・・このイツキを送り届ける役目があるのです。」
「この先と言うと・・ウスキの村かい?」
「はい。ウスキは、イツキの母、私の母の里です。そこが最初のアスカケの目指す場所なのです。」
イツキも答えた。
「はい・・私は、そこで果たすべき使命があるのです。」
イツキはそういうと、かけていた首飾りを出した。モリはそれを見て驚いた。
「何てことだ・・・これは・・お前・・いや、貴女は・・邪馬台国の王の血を受け継ぐお方。・・すると、使命と言うのは、今一度強き邪馬台国を作る事・・。」
モリはそこまで言うと、天井を見上げ、深くため息をついた。イツキは、それを見て言った。
「まだ・・そんな先は判りません。・・まずは、ウスキへ向います。そこで自らの使命を考えようと思います。今の自分には、何も出来ません。もっともっと知るべきことがあります。」
「そう・・そうさね。・・だが、定めは動き始めている。・・これから先も逃げることなく、立ち向かって下さい。・・私は、いや、この村は、いつでも力になりますから・・。」
「ありがとうございます。・・」
「よし、わかった。みんな引き受けようじゃないか、さあ、家の中に入っておくれ。」

諸塚山3.jpg
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