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-九重の懐‐14.カケルの嘆き [アスカケ第2部九重連山]

14. カケルの嘆き
翌日、まだ朝が開けきらぬうちから、モリは起き出していた。
その音に、カケルが目を覚ました。
「なんだい、起きたのか。」
モリは、朝餉の支度をとうに終えていた。
「食べるかい?・・顔、洗っておいで。」
外に出ると、山間いには朝霧が立ち込めていた。
あたりの家々からも、朝餉の支度をしている煙が見えた。
食事の後、モリが森へ行くと言ったので、カケルもついていくことにした。ちょうど、エンやイツキも起き出してきたが、随分疲れていたのだろう、森へは行かないと言った。
「朝餉の支度はしてあるから、トシやユキも起こして、済ませなさい。・・昼には戻るからね。今日は、トシに案内させて、村の中を見てきなさい。」
そう言って、モリとカケルは山へ出かけて行った。

村を出るとすぐに深い森が広がっていた。
「ここの森は、豊かだ。」
カケルは、森を歩きながら呟いた
「ナレの村も、山の中にあったんだろ?」
「はい、高千穂の峰の奥深くに。・・清らかな川、深い森、獣も多く住んでいました。」
「モロの村も、この森があってこそなんだ。元々、我らは、山の民だ。獣を追い、木の実を拾い、
どこでも自在に生きていた。」
モリの言葉を聞きながら、カケルは、故郷の事を思い出していた。
モリは、薪を集めはじめた。
「昨日も、たくさんの薪を背負っていらしたが・・まだ、必要なんですか?」
「ああ、村中で必要な量を集めるのが、私の仕事なんだよ。薪集めは、年寄りにはきつい仕事だろ?力のある者が薪を集めて家々に配るんだ。それぞれ、できることをやるんだよ。」
「私も、手伝いましょう。」
カケルも、薪集めを手伝う事にした。毎日、森に入り、落ち木を拾い集めているためか、森の中はきれいだった。下草も少なく、木々たちは生き生きとしている。鳥の声も森中に響いていた。

薪を集めている時、カケルは大きな洞窟を見つけた。
その洞窟の入り口は、背丈の何倍もの高さがあり、ずっと奥まで続いていた。
入り口の脇に、小さな石積みがあった。自然の洞穴ではなく、遥か昔に人の手で細工されたのがわかった。
洞窟の入り口で佇むカケルを見て、モリは言った。
「ここは、我等の村の秘密の場所だよ。中に入ってみなさい。」
薄暗い中を、ゆっくりと進んだ。
徐々に目が慣れてきて、洞窟の中が見えてきた。
広い穴は奥に行くほど広くなっていた。さらに進むと、明るい場所に出た。そこには、館があった。
「ここは、大王様が国造りに出られる前に作られたんだ。・・何かあったら、ここに逃げ込んで、暮らすのさ。どうだい、いいだろう。」
静寂に包まれた空間は、懐かしいナレの村を思い出させた。

「何故、争いは起きるのでしょう。一人ひとりは皆一生懸命生きているだけなのに・・」
「そうだね。きっと・・始まりはつまらない事なんだろうけどね・・。」
カケルはあの日のことを思い出していた。
「・・私は、ミミの浜で、ヒムカの将と兵を殺してしまいました。今でも悔いています。きっと、あの人たちにも待っている人がいたはずなのに・・。その人たちに取り返しのつかない事をしてしまった。」
「仕方なかったんだろ?」
「はい。悪行を絶たねば、また悲しむ人を生む、その時はその思いでいっぱいでした。でも、やはり、命を奪う事は重いことです。今でもあの光景が脳裏に浮かびます。ただ、ただ、自らの罪を考えています。」
「そうなんだね。」
モリはそう言いながら、カケルの背を擦った。
カケルは、急にぽろぽろと涙が零れてきた。
あの日、剣でユラを切った時から、じっと心の中に黒い塊が溜まっていて、ずっと重かった。
黒い塊が心の中に徐々に大きくなっていくようで怖くて堪らなかった。
イツキやエンにさえ、自分の心の黒い塊を気付かれたくなくて、じっと耐えてきたのだった。それが、何故か、この静かな穴の中で解れてきたように、カケルはとめどなく涙を零したのだった。
「辛かったんだろうね・・・どうしようもなく辛かったんだろう。・・・良いんだよ、思いっきり泣くと良い。それで、心を軽くするんだ。」
モリはそう言って、そっと傍を離れた。
カケルは、その場に蹲って泣いた。
悲しいのか、苦しいのか、よく判らない感情がどんどんと生まれてきて、泣き続けた。
モリは洞窟の外で薪集めをしていた。しばらくすると、洞窟からカケルが出てきた。
「ありがとうございました。」
カケルがそう言うと、モリは、
「まあ、いいよ。まだまだお前は若い。これからゆっくり考えれば良いんだよ。・・さあ、村へ戻るよ。日暮れまでにもう一回薪集めをしなくちゃならないからね。」

トシは、イツキ、ユキ、エンを連れて、村の中を案内した。それぞれ5つくらいの家がかたまって建っていて、どこも同じように洞穴で繋がっていた。一回りした後、トシとエンは、田んぼの仕事を手伝う事にした。ユキとイツキは、隣の家の婆様から、機織の手伝いを頼まれた。

しばらく、カケルたちはモロの村で過ごすことになった。
薪集めや田んぼの手伝い、川での魚取り、機織、竹籠作り。ひと夏があっと言う間に過ぎていった。
秋の気配を感じ始めた頃、カケルたちは、目的地、ウスキへ旅立つ事を決めた。
「ウスキに向うなら、道は二つ。ひとつは、飯干峠を越えて、五ヶ瀬の里からいく道。歩きやすいだろうが、かなり長い道だ。もうひとつは、モロの御山の東、七つ山を麓を抜けていく道。三日ほどでウスキに着ける。ただ、途中、猩猩の森を抜けなければならないからね。」
モリがそう教えてくれた。

洞窟1.jpg
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