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-九重の懐-15.モロの御山 [アスカケ第2部九重連山]

15. モロの御山
 三人は、ウスキへの道を歩み始めた。モリに教わったとおり、飯干峠を目指した。山は高く、谷は深い。幾つもの峠を越えて進んだ。小さな渓流沿いに進む道だが、意外に歩きよい道だった。
「あれが飯干峠だろう、カケル。」
「ああ、たぶん、そうだろう。」
「よし、俺が一番乗りだ。」
エンがそう言って、上り坂を走っていき、木々に隠れて姿が見えなくなった。
「イツキ、大丈夫か?」
「ええ・・大丈夫・・」
しばらくして、エンが駆け下りてきた。
「どうしたんだ?」
「駄目だ、カケル。この先は行き止まりだ。・・・大岩が道を塞いで峠は越えられない。しばらく、この道は誰も歩いていないんだろう。とてもじゃないが、これ以上先にはいけない。」
「どこか、抜け道は無いの?」
イツキが随分と疲れた表情でエンに訊いた。
「・・いや、なさそうだ。大岩を回ってみたが、険しい崖になっていて、その先が見えないんだ。・・カケル、ウスキに行くもうひとつの道に行くしかないぞ。」
「猩猩の住む森を抜けるんでしょ?・・大丈夫?」
イツキが心配すそうに訊いた。
<猩猩というのは、人でも獣でもない化け物だという言い伝えがあるんだ。だが、木を植え、森を守る獣だという人もいる。人を取って食べる獣だと言う人も居る。ただ、誰も会った事はないんだから、本当の事はわからないんだ。>
カケルは、モリの言葉を思い出していた。
「・・ここが通れない以上、ウスキに行くにはその道しかない。・・」
「ああ・・大丈夫さ、カケルと俺がイツキを守ってやる。」
エンは妙に嬉しそうだった。
三人は、来た道を戻り、モロの御山の東から七つ山の麓の谷を行く道に入ることにした。二つほど峠を越えたところで、夕暮れになり、その日は、小さな湧き水の畔で休んだ。
「綺麗な泉だなあ・・よし、俺、水を浴びよう。カケルも来いよ。」
エンはそう言って、服を脱ぎ裸になって、泉に入った。カケルも泉に入った。初秋に入ったとはいえ、昼間はまだ暑い。汗をかいた体を綺麗に洗うと気持ちよかった。
「ほんと、気持ち良いわ。」
イツキも、カケルたちと同様に、服を脱いで、泉に入っていた。
エンが、真っ赤な顔をして、反対を向いて叫んだ。
「イッ、イツキッ!お前、何してんだよ!」
カケルは、ぽかんとしていた。小さい頃から兄弟のように過ごしてきたため、イツキの裸を見てもなんとも思っていなかったのだ。エンは、何だか胸がドキドキして落ち着かなかった。
「へんなの?いつも一緒だったでしょ。ねえ、カケル。」
イツキは全く構う素振りを見せず、平気な様子だった。しかし、もうイツキは、立派な女性の体つきになっていたのだった。エンは、泉から飛び出して服を着た。そして、そのまま、焚き火の前で俯いたまま動かなかった。眠りに着くまでエンは口を開こうとしなかった。
翌日、夜明けには泉を出発した。
「どこからが、猩猩の森なんだろう?」
エンは、心細げに言った。昨日は、イツキを守ってやる等と威勢の良い事を言っていたのだが、いざ、深い森の中に入ると一気に元気を無くしていた。
「猩猩に会った人は居ないんだ。・・本当に居るかどうかもわからないんだ。心配しても無駄さ。」
カケルは、エンやイツキを勇気付けるように言った。
目の前には高い山並みが行く手を塞ぐようにそそりたっていた。
三人は、ここから先、どう進めば良いのかわからなくなってしまった。
「どうする?カケル。」
「・・ウスキは、北にある村だ。この山を越えるしかなさそうだ。」
ぶなの木立の中を、ゆっくりと進んだ。静寂だけが三人を取り巻いていた。
イツキが、急に、立ちすくんだ。
「どうした?イツキ。」
「・・今、そこで、何か動いたような・・・」
指差す先を見たが、何も居なかった。
「何もないぞ。脅かすなよ、イツキ。」
エンは、胸を押さえながら、そう言った。カケルは、じっと森の中を探っている。幼い頃から誰よりも目が良く、遠くのものを見分ける力があった。カケルは、しばらくじっとその場に留まり、周囲に目を凝らした。そして、木立の間に、黒い塊が動くのを見つけた。
<熊か?鹿か?・・まさか・・猩猩なのか?>
カケルは、自分に問いながら、その動く塊を目で追った。やがて、その塊は遠ざかっていく。カケルは、小声でエンとイツキに、「行ってみよう」と伝え、静かに、その黒い塊の後をついて行った。
その塊は、急な坂を上っていく。
木々が切れたところに出た時、カケルたちはその黒い塊を見失った。
「何処に消えたんだろう?」
エンは、小さく呟いて、そっと辺りを探してみたが見つからなかった。
「あれが、猩猩?」
イツキがカケルに訊いた。
「いや・・ちがうだろう。・・だが・・」
はっきりとは見えなかったが、髪は黒く、腰辺りまで伸びていて、獣の毛皮をまとっているように見えた。獣ではなく、明らかに人だと思った。
エンが、カケルの肩を突いて、小さな声で言った。
「おい・・あれは・・野人だろ・・爺様に聞いたことがあるぞ。」
「野人って?」
イツキも聞いた。
「遥か太古、まだ、言葉も持たず、洞穴で暮らし、獣を殺し、食べていた頃の人の事さ。しかし・・・」
カケルはそう答えたが、何か違うように感じていた。
「おい、あそこ。洞窟だ。やっぱり、あれは野人だぞ。・・野人は生きるものを何でも食べるって聞いたぞ。おい、カケル、見つからないうちに戻ろう。」
エンは、随分、畏れていた。その時、雨が降り始めた。森の中に居た時には空の様子に全く気付かなかったが、いつしか空には厚い雨雲が広がっていたのだ。
三人はやむなく、その洞窟に逃げ込む事にした。
洞窟にあった枯れ木や葉っぱを集めて、すぐに火を起こし、濡れた体を乾かした。それほど疲れているわけでもなかったが、三人は急に眠気に襲われ、そのまま深い眠りに着いた。

湖沼1.jpg
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