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-九重の懐‐17.伊津姫 [アスカケ第2部九重連山]

17. 伊津姫(いつひめ)
気が付くと、二人は小屋の前に横にさせられていた。弓と剣は、二人の横に置かれていた。
「手荒な事をして済まなかったな。大丈夫か?」
小屋の中から、一人の老人が現れた。殴られた頭はまだ痛むが、二人は身を起こした。
その老人に続いて、イツキも顔を見せた。
「イツキ、無事だったか?」
「ええ・・大丈夫・・・」
老人は、二人の前に腰を降ろした。髪は一つに束ねており、長く伸びた白い髭、麻の衣服をまとい、腰には銅剣をつけていた。カケルは一見して、どこかの村の長だろうとわかった。
「さて・・何から訊こうか。この娘は、何も話してくれぬからの。お前たちは、この森に何の用で入ってきたのだ?」
イツキは、突然、洞窟から連れ去られ、この小屋で目覚めた。余りの不安から、詰問されても口を開けなかったようだった。カケルが老人の目をまっすぐに見つめて答えた。
「私は、カケルと申します。アスカケの途中。この先にあるウスキの村に用があって参りました。」
「アスカケとは・・・懐かしい。」
老人が少し微笑んだように見えた。エンも続いて答えた。
「俺は、エン。ナレの村一番の弓の使い手だ。カケルとイツキと三人で、これからウスキに行く。」
「ほう、この娘はイツキというのか。・・ここに来てから、何一つ話そうとせぬので困っておったのだ。・・ナレの村から来たのか。・・・」
老人は、しばらくじっと考え込んでいた。そして、
「それなら・・お前たち、ナギ様を知っておるのか?」
「はい、私の父です。」
カケルが答えた。
「お前、ナギ様の息子なのか?・・ナギ様はお元気か?ナミ様は、セツ様は?」
ようやく、イツキが口を開いた。
「セツは、私の母です。幼い頃に亡くなり、私は、ナギ様、ナミ様に育てていただきました。」
「何という事だ・・それで、ウスキへ・・・いや・・待て。ならば、首飾りを見せておくれ。」
老人に言われて、イツキは双子勾玉の首飾りを取り出した。
「おお・・本当に・・お前・・いや、貴女様は・・伊津姫(いつひめ)様!邪馬台国の伊津姫様!」
その老人は、その場に蹲り、深々と頭を下げた。
カケルもエンも呆気に盗られたように、その様子を見ていた。
老人は、草叢に向かって声をかけた。
「おい、急ぎ村に戻り、伝えよ。伊津姫様が来られたと・・さあ、急ぐのじゃ!」
草叢に潜んでいた男たちが、飛び出してきて、斜面を下って行った。
「こんなに早く、伊津姫様がお見えになるとは・・・」
その老人は、涙を流し喜んでいた。
カケルもエンも、イツキが邪馬台国の王の血を継ぐものだと知っていたが、サイトノハラの村と同様に、イツキの訪れに涙を流し喜ぶ姿を見ると、とても不思議な気がしていた。
「伊津姫(いつひめ)様とは、どういう事ですか?」
カケルが訊いた。
「おお、そうか・・教えられておらぬのか・・・我がウスキの村は、邪馬台国の王をお守りする一族の村なのじゃ。」
「はい、それは、聞いております。」
「セツ様は、本当の名を畝戸姫(せとひめ)と言われ、卑弥呼様の血筋にあるお方なのじゃ。そして、次の姫の名は、生まれる前に決められておって、伊津姫(いつひめ)と言うのじゃ。・・じゃが、本当の名は使えない。邪馬台国の王は、時が欲する時、突如現れ、世を治める定めじゃからな。」
「伊津姫(いつひめ)?・・・そうなの?」
名の由来を教えられていなかったイツキは、驚いていた。
「われらが、ナギ様に、セツ様、ナミ様を託したのは間違っておらんかった。これほど見事な姫にお育ていただけた。そして、姫を守るために、勇敢な若者を遣わされ、この地まで導いて来られるとは・・ナギ様はさすがに立派なミコト様じゃ。」
老人は感慨深くそう言った。
「すぐにも、ウスキの村にいきたいのですが・・・。」
カケルが老人に訊いた。
「・・いや・・ここからでは、日暮れまでに付くには無理がある。・・明日朝早くに、この先を下り、五ヶ瀬川沿いを上がったほうが良い。そうすれば、明日の夕暮れ前に着ける。今日は、この粗末な小屋で休んで、明日、ウスキへ行きましょう。」
小屋に入って驚いた。モロの村の小屋と同様に、地面を掘り下げ中は広々としていたのだ。
囲炉裏を囲んで座った。
「この森を抜けてウスキへ向う道は、モロの村で聞いたのか?」
老人は、薪を火に入れながら訊いた。
「はい、モリ様に聞きました。本当は、シイバの村を抜けていく道を教えられたのですが、途中、峠道が崩れていて通れませんでした。」
「そうか・・猩猩の森の話は聞いたであろうに?」
「ええ・・ですが、モリ様は行くなとは言われませんでした。猩猩の正体についても、誰も見た事が無いと・・・ですから、きっとこの森を抜けることは出来ると考えておりました。」
「そうか・・」
「われらがこの森に入ってすぐに、すっと見ておられましたね?」
カケルは老人に訊いた。
「泉で一晩過ごした頃から、辺りに気配を感じておりました。その後もずっと、ある程度の距離をとって、五人ほどのミコト様がわれらを見張っていらしたでしょう。」
「なんだい、カケル!お前、何にも言ってなかったじゃないか!」
「ああ、エンに話すと、弓を構えて騒ぐかもしれないからな。」
エンは少しがっかりしたような顔をしていた。
「危害を加えられるとは考えなかったのか?」老人が訊いた。
「はい。殺気のようなものは感じませんでした。それより、見守られているようで。・・あの洞窟を案内してくれたのも、あなた方でしたね。」
「それを判っていて、あえて、そこで休んだのか。薪に混ぜた眠り草もわかっていたというのか?」
「いえ・・そこまでは。ですが、命を取るつもりなら、もっと早くに討たれていたはずです。」
「怖ろしき若者じゃな・・。」
老人は、半ば呆れたような顔をして応えた。
「猩猩の森という話も、ウル様達がされた事でしょう。」
「いや、それはモリの作り話だ。・・・そう言えば、モロの村人はむやみには立ち入らない。」
「どうして、モリ様が?」
「ああ、モリの母がウスキの生まれで、ヒムカの大王がウスキに来られた時、大王に仕えてモロに行ったのだ。いや、ウスキを守るために行ったのだ。そして、モリも、ウスキを守る役を引き継いだのだ。」
カケルもエンもイツキも、人の縁の不思議を感じながら、夕餉が食べた。
五ヶ瀬川3.jpg
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