SSブログ

-ウスキの村‐5.書物の力 [アスカケ第2部九重連山]

5.書物の力
巫女は、そっと書物を開いた。そこに並んでいる文字は、ナレの村で幼い頃から母に教わったものと同じだった。カケルとイツキは、目を凝らして文字を読んだ。ところどころ、知らない文字があったが、その書物には、邪馬台国が生まれてから、隆盛を極め、滅び行くまでの歴史が書かれているようだった。
「なあ、なんて書いてあるんだい?」
「邪馬台国の歩みが書かれています。・・・最後のところをご覧下さい。」
巫女が、指し示したところを二人は読んだ。そこには、再び邪馬台国が生まれる事が記されていた。
エンにも判るように、巫女は声に出して読み上げた。
『美しき姫、南の地より勇者を伴い現れる。勇者は大きな弓を携え、優しき心で姫を包み、命をかけて姫を守る。姫は、勇者とともに、火を越え、水を渡り、草を泳ぎ、大海へと向う。多くの民を愛し、多くの民から愛され、多くの諍いを収め、次々に国を従え、大海を結び、邪馬台国を興す』
意味は良く判らなかったが、途轍もなく大きな事が書かれていたのだった。
「だが・・弓はカケルも持ってる。俺だとは限らないだろ!」
巫女は、エンの言葉を聞いて、さらに書物の続きを読み上げた。
『強き力を持つ怪しき剣を姫から遠ざけよ。傍に置けば、災いとなり、姫を悩まし、いずれ、邪馬台国を再び滅ぼす力となる。妖しき剣を遠ざけよ。』
「なんだい!これ。妖しき力、妖しき剣がカケルだと言ってるのか?カケルはイツキを悩ましたりしない。ずっと兄妹のように過ごしてきたんだ。」
エンが興奮気味に言った。カケルはそんなエンを見て言った。
「いいんだ、エン。きっと、ここに書かれている事は正しいだろう。」
そう言って、カケルは腰の剣をそっと膝に置いた。
「これは、私が作った剣です。・・何かが乗り移った様に無心で作り上げてしまいました。今でも、この剣を持つと、自分ではどうしようもない感情が湧き出し、別人になるような気がします。」
そう言って、そっと剣を鞘から抜いた。
巫女は、剣から零れる、怪しげな力に静止できなくなり目を覆った。
あたりに光が溢れた。そして、イツキの双子勾玉の首飾りが、その光を拒絶するかのように、低い音を立て始めた。
「今まで、こんなことはなかったのに・・・」
イツキは首飾りを両手でそっと包んだ。
「おそらく、伊津姫様を王の資格を持つものとして、勾玉が認めたのでしょう。これからは、きっとその勾玉が大事を知らせてくれるはずです。」
カケルは、そっと剣を鞘に収めた。
「おそらく、巫女様の言われる通りなのでしょう。・・巫女様は、その書物をもうじっくりお読みになられたのでしょうか?」
「いえ、先の巫女様に、修行のために途中までお教えいただいたのですが・・急に亡くなってしまい、まだ充分には読めないのです。」
「ならば、私に一度じっくり読ませていただけませんか。・・私はまだこの先を定めていません。その書物を読めば、何か道が見えるかもしれません。是非にもお願いいたします。」
「良いでしょう・・ここにいらっしゃる間は、ご自由に。・・それと、他にも書物はございます。祭壇の棚に置かれております。そちらも是非お読み下さい。」

その日から、カケルは、昼には畑の仕事を手伝い、夜には書物を読むようになった。書物は、ナレの村にあったものよりも多かった。邪馬台国の歩みが記されたもの以外にも、村が出来るころの様子が書かれたものや、遠い大陸の暮らしを記したものもあって、カケルは没頭して読み続けた。
ウスキは山深い郷である。冬になり、姥山や烏帽子山は頂上辺りに雪を載せるようになった。冷たい北西の風が容赦なく吹き、人々はほとんど家の中で過ごす日々になっていた。

「巫女様、巫女様!・・ハツ様、巫女様をお呼びいただけまいか!」
カケルが、朝からハツを呼んでいる。
「はい、ただいま。」
すぐに、巫女は広間に現れた。続いて、伊津姫も御簾の部屋に現れた。
「巫女様、是非、お聞きいただきたい事がございます。」
「何でしょう、珍しくカケル様が大きな声を出されて・・」
「はい、この書物を読んでおりましたら、驚くべき事を見つけました。」
「一体何なのでしょう。」
「はい、・・・ああ、そうだ、ハツ様、この村にある神代川は今はほとんど水が流れていないのでしたね。・・確か、岩戸川からの水が途絶えたと・・」
「はい、大水で流れが変わり、それ以来どうにも水が引けなくなっております。」
「そうなのです。・・この書物によると、神代川はもともと岩戸川から水を引いていたのではないようなのです。」
「どういう事ですか?」
巫女が怪訝そうな顔で聞いた。
「神代川の上流に、泉があったようです。元々、その泉の水が神代川を作り、淵まで滔滔と流れていたようなのです。しかし、突然、枯れてしまい、やむなく岩戸川からの水路を作られたようなのです。」
「・・・どちらにせよ、水が途絶えたのなら、仕方の無いことでしょう。」
イツキが御簾の向こう側で言った。
「いや・・そうではないんです。・・ナレの村にも、水足の御川の水は、春から秋にしか湧いてきません。泉はきっと何かの拍子に湧いてくるかもしれません。・・私は、泉を探します。そして、この村を水が溢れる豊かな村にしたいのです。・・いや、きっと出来るはずです。」
イツキは、ナレの村でハガネを作った時のカケルの事を思い出していた。できるかどうかではなく、やるのだと決めた時のカケルには、想いもつかないほどの力を発揮する。きっとやり遂げるだろうと、イツキも確信していた。
「カケル様、お願いがございます。」
巫女が、カケルをまっすぐに見て言った。
「カケル様は、ここにある書物を見事に読み解かれました。おそらく、私が知りえた以上の事をもうご存知でしょう。・・これまで、伊津姫様に、私の知る限りの事をお教えしてまいりましたが、まだまだ足りぬように思います。・・カケル様がその書物で知り得たことを伊津姫様に・・いや、私にもお教えいただけませんか?」
「・・それは・・私のお役に立てることであれば何でもさせていただきます。・・」
それを聞いて、伊津姫も、
「カケル、お願いします。・・出来れば、私だけでなく、村人にも、より多くの事を分かち合い,この村をより豊かにできるように力を貸してください。」
次の日から、大広間で、カケルが、村に伝わる書物に書かれていることを村人に話して聞かせる日々が始まった。

伊津姫1.jpg
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0