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-ウスキの村‐6.マナの泉 [アスカケ第2部九重連山]

6.マナの泉
「カケル様、泉は本当にあるの?」
一人の幼子が、大広間の話の最中に立ち上がって訊いた。
「ええ、必ずあるはずです。この村の命の泉があるはずなのです。」
聞いていた人たちもどよめいた。その声を静めてから、カケルが言った。
「おおよその場所はわかっています。」
「なら、明日にでも探しに行きましょう!」
声を上げたのは、先ほどの幼子であった。まだ10歳にも満たない女の子、マナだった。
翌朝、数人のミコトが、カケルが見当をつけた場所へ向う事になった。マナもカケルの脇について歩いた。
カケルは、最初に、岩戸川から引いていたという水路に向った。水路の口辺りの斜面が大きく崩れていて、とても修復できる状態ではなく、岩戸川も大水のために深く抉られて、流れを変えてしまっていたのだった。
「やはり、ここから水を引くのは無理ですね。」
カケルは、そう言って、水路の跡を下っていく。
「そんな下のほうに泉があるのですか?」
「ええ、あの書物には、はるか昔に、岩の割れ目から噴き出した泉があったと記されていました。その水が神代川を作り、ウスキの村を潤していたのです。きっと、神代川のどこかにあるはずです。」
皆、目を凝らして水路の跡や川のような場所を探して歩いた。
冬の北風が容赦なく皆の体を冷やしていく。もう、村が見える辺りまで下ってきていた。
「何か、目印のようなものがあればいいのに・・カケル様、泉の様子は書かれていないのですか?」
マナがカケルに問う。
「大きな岩を割り泉の水が噴き出したとあったんだが・・・」
そう言うと、別のミコトが言った。
「大岩と言えば、ほら、あそこにあるじゃないか。」
指差す方を見ると、神代川から少し上がった高台に、岩山があった。大きな楠木が何本か生えていたので、すぐには岩山とは判らなかったが、確かに、岩山であった。
「行ってみましょう。」
カケルはその岩山に登った。岩山の周囲には、ほとんど草も生えていないほど乾燥しているのだが、ここの楠木は冬にもかかわらず、青々と茂っている。
カケルはそっと岩に耳をつけてみた。他のミコト達も同じように岩に取り付いて、耳をつけた。北風の吹く音でなかなか判別できなかったが、何か、岩を伝って水音のようなものが聞こえた。
皆、顔を見合わせた。
「き・・聞こえるよな?なあ?」
「ああ・・微かだが・・聞こえる。」
「水音がしているでしょう。」
そうと判ると、ミコトたちは、岩の割れ目を探し始めた。楠木の太い根が、がっちりと岩を巻き込んでいて、なかなか隙間さえ見つからない。数人で押してみても大岩はびくともしない。
「くそお、この下に確かに水があるんだが・・・」
皆、恨めしそうに大岩を見ていた。カケルは言った。
「長く太い木の棒はありませんか?それを使って岩を少し動かしましょう。」
そう言われたミコトが数人立ち上がって、
「村に行けば、梁にするために置いてある木がある。すぐに持って来よう。」
そう言って、村に戻っていった。待つ間に、動かす石を定め、あたりに巻いている木の根を切り払った。しばらくすると、木が持ってこられた。カケルは、木の一方を石に差しこみ、小さな石を挟んで、梃子の要領で岩を動かし始めた。供としてきていた男たち全員で力を合わせて木の棒を押さえた。何度か掛け声を掛け、押し続ける。徐々に、岩が動き始めた。
「よーっし、ほうれ!」
最後の一声で、大岩がギリギリと音を立て、ついに、重なり合った大岩の一つが取れた。
皆、歓声を上げて喜んだ。そして、岩の取れたところを覗き込んだ。大きな穴が開いていた。中は真っ暗だが、はっきりと水が湧いている音が聞こえる。
「泉だ!泉がある!」
再び、男たちは歓声を上げた。しかし、次の瞬間、男たちは気づいた。
「泉があっても、外に流れ出して来ないんじゃ・・仕方がない。」
男たちは、岩にもたれかかり、落胆した。
そのうち、一人、また一人とその場を離れ、仕事に戻っていった。
残ったのは、カケルとマナだけになった。二人は、大岩の下に寝転がって空を見上げていた。
ナレの村の水足の御川は、はるか地中深くから水が噴き出してくる。その水は、森の中の地下深くに広がる洞穴を伝ってどこからかやってくるのだった。幼い時、穴に落ちたケンを救い出そうと穴にもぐり込み、水とともに、水足の御川に飛び出した事が思い出された。カケルは、起き上がった。
「そうだ、ここに水が湧き出しているのなら、どこかに流れ出ているはずだ。・・・マナ、ウスキの村の周りで、水があるところはどこだ?」
「村の中なら、おのころ池だけ。他は、淵にはたくさん水が落ちているところはあるよ。」
「そうか・・きっと、地中深く、大きな洞穴があって、そこを水は流れているんだ。・・・その穴の途中に穴を開けて、水を出させれば良いんだ。手伝ってくれるか?」
「はい。」
カケルは急いで村に戻り、長い荒縄を編んだ。次の日、カケルとマナは、泉に行った。
「少し暗いが、大丈夫か?」「平気です。」
カケルはマナの体に荒縄を結び、片方を楠木に結び、岩の穴から、マナを入れた。カケルはしっかりと縄を握り、ゆっくりゆっくりマナを下ろしていく。手にした松明の明かりで、周囲の壁をじっくり観察しながら降りていくと、マナの体が半分ほど水の中に入った辺りで、マナが叫んだ。
「カケル様!横穴がありました。」
「やっぱりそうか。・・どちらにある。」
カケルが穴を覗き込むと、マナが指で穴のある方向を示した。その先には、おのころ池があった。
カケルはマナを引き揚げてから、示した方向をじっくり探る事にした。岩山を少し下ったところに、窪みがあり、その脇の岩壁が何か少し湿っているようだった。
「きっと、ここだ。」
村から持ってきていた鍬を使って、その辺りを掘り始めた。マナも手伝った。少しすると、白い岩が顔を覗かせた。岩の周りを掘ると、徐々に水分を含んだ状態になってきた。二人は必死になって掘った。そのうち、通りかかった村人が、手伝い始めた。岩がほとんど掘り出されると、前の日にやったように、皆で力を合わせて岩を退けた。ゴロンと岩が落ちたとたんに、空高く、水柱が噴きあがった。しばらくすると、穏やかな湧き水に変わった。掘り出した岩の周りには小さな池ができ、溢れた水が窪地を通って、枯れていた神代川に流れ込んで行った。
村人たちはその光景に湧いた。一緒に掘っていた誰もが抱き合って喜んだ。
マナも、岩の周りに出来た小さな池に入って、水を掬っては体にかけた。真冬の寒さなど全く気にならなかった。しかし、そのうちに、マナは膝を付いて泣き始めた。わあわあと泣き始めた。

天の真名井2.jpg
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